大使館(6) セロ世代<後編>

「それが、その後、これだけ平和な社会になった。後に続く特殊部隊の人間とは、基本的に鍛えられ方が違う。『ゼロ世代』が特別な能力持ちということはないけれど、戦闘能力においては話にならないはずだ。……そもそも目的が変わっているのだからね」

「そうなんですか、司さん」


ここは当の本人に聞くことにする。

人員が増えたのは知っていたが、一木のような一般警察から希望が取られるだけでも、大分ハードルは下がっている気はしていた。


もちろん、希望は希望であって、かける「ふるい」はしっかり存在している。


「そうだな……今でこそ対神魔、という立ち位置だが当初は『対天使』を想定して作られた組織だった」

「!」


社会の秩序が乱れたらなんとかするお巡りさん。なんて域は超えている。

天使がいつまた姿を見せるかわからない状況で、人間ができることを考えれば当然と言えば当然の対応ではあっただろう。


だから、無理があるほどの最短距離で編成された。


神魔が入ってきているとはいえ、今ほど護りが顕著ではない。

その時に襲われたら終わり、だったからだ。


「それは今も変わらないんだ。ただ、その気配がないとどうしてもウェイトが、必要な方へ傾いていくな」

「それがつまり、本来は対天使を見越した防衛ラインが、神魔との共生の中で社会を統制するための役割寄りになっているということ。当然、危機に対する意識も違う」


忍は……知っている、というよりも考えたことはあったのだろう。

口は挟まず、ただ黙って聞いている。


「だから、本来はそんな小物の案件を扱う立場じゃないだろう? ということだよ」


随分遠回りをしたが、本来の至極シンプルな質問に戻った。


「小物だろうが大物だろうが、管轄内で起きれば扱う立場になる」

「エシェルは司くんの所属までは知らないからの単純な疑問だと思うよ、司くん」


ここで、大体話の筋がすべて見渡せた忍が、簡潔に応える。


「エシェル、この事件は彼の担当というわけでもないんだ。ただ、私と秋葉と懇意にしてくれてるから、そんな話が出て一緒に行ってみようって誘ったの」

「……それだけかい?」

「それだけだよ」


エシェルは何か深読みしていたのか、少し拍子抜けした顔をした。

頭がいいと、ものすごく可能性をいろいろ考えるのだろう。


「だから言ったじゃない。口実に、って」

「それはつまり、僕と彼を会わせたかったということ?」

「それもある」


最初の口実は、自分とオレがここに来るための口実。

もうひとつの口実は、司さんもエシェルと知り合いになってもらうための口実。


……だったらしい。忍の中では。


エシェル視線が、オレに向いた。


「オレはそこまで考えてなかったけど……うん、共有出来たらその方がいいかなとは思う」

「…………まぁ、余計な勘繰りをなくせば、君は僕にとって悪くはない人間だ」


途中の評価に戻ったのだろう。

つまり、司さんも友人候補になったということだろうか。


回りくどくてわかり辛い。


「だから言っただろう。俺は無理に協力させる気はないと」

「そうだったね。失礼した」


そういって、再び口元をやわらげた。


どうも気を緩めるときと、そうでない時の落差が激しい。

その間がないというか、過剰な警戒、とでもいうのだろうか。


この二年間、どんな気持ちで他国で過ごし続けてきたのか。

きっと、思うところは色々あったのだろう。



「お茶が冷めてるよ」

「どうも話が白熱すると、そちらにのめり込んでしまうな」


白熱していたのか、今のは。

割と冷静なやりとりだったと思うが。


エシェルはそう言って、ようやくカップを口に運ぶ。


「用件だけなら五分で済んだだろうに。すまないな」


また、その言い方。

これは確かに、のらくらしているオレや忍でないと相手が務まらないだろうと思う。


清明さんが声をかけてきたのは、そういうことか。


今頃、理解した。


「用件はここにきて、エシェルと話をしたり司くんを紹介することだから五分じゃすまない。これでいいんだ」

「……そうか」


他意がないのが良いのだろう。

どういう意味だか、少し薄い笑いをエシェルは見せると、窓の外へふと、目線を向けた。


「そうだ。庭園を案内する約束だったね。時間があるようなら少し、見て行くかい?」

「そうだな。何か木陰が涼しそうだし。……と、司さん、時間は?」

「大丈夫だ。一緒に見せてもらう」


エシェルにとっても異論はないのか、歓迎なのか……


そして、オレたちは徳川の時代から続くという、フランス大使館の敷地にある不思議な歴史の森を散策することになった。

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