大使館(5)ゼロ世代<前編>
構わない、だとこちらからそうしたいと言っているようだ。
もちろんオレが言い出したんだから、その返事で良いのだろうけど、そこで敬語をやめるかどうかは司さんの判断だ。
やめづらいだろう、普通に考えて。
エシェルはそれを察して、特に感慨もなく言い直す。
「君の方が年上のようだし、敬語をやめてもらえるかな。君の友人のために」
「…………………………すみません。オレの為です」
友人という言葉が当てはまるのかはよくわからないが、とりあえず、謝っておく。
司さんは、それを見て本当に小さなため息をついて、再び顔を上げた。
「じゃあそうする。それで、当人の消息も掴めないし、何か心当たりや情報があればと、秋葉と忍に紹介されて来たんだ」
「2年前」
切り口が唐突だ。
しかし、続く言葉も早かった。
「日本の警察は検挙率が世界一と言われていたけれど、その情報網でも無理なのかい?」
2年前とは状況が丸っきり変わっているわけだが、ここは敢えてなのか。
皮肉という感じでもないが、そう言われるとそう捉えられかねない言い方だ。
何かと誤解を受けて来たんじゃなかろうかこの人は。
「情報網のレベルの高さはわからないが、その網にもひっかからないのが、尚のことおかしい」
「だろうね」
単なる確認だったらしい。
司さんは気にしていない。
これ、敬語でやり取りされてたらオレ、空気に耐えられなかったかも。
水面下での気配をなにやら感じる。
「残念だけど、最初に言った通り。何の情報も入っていないよ。それに神魔が関わっているなら逆に僕は管轄外だ。それに僕は、神魔が苦手だ」
「そうなの?」
と、これは忍。
天才ということと、苦手と言うことは関係はないだろうが、なんとなく意外だ。
「逆に聞くけど、苦手じゃない日本人はいないのか? 君たちが見ているのは、神魔に馴染んでいる人間ばかりだろう」
「……その通りだな」
痛いところをついてくる。
世の中、頭の柔らかい人間ばかりではない。
適応力の問題もある。
この平和な街の陰には、「今」についてこられず神魔の少ない地方に戻った人も多い。
結局のところは、残ることのできる者が残っている。
これは、どんなことでもそうなのかもしれないが。
「手伝いを強制しているわけじゃない。神魔への感情は人それぞれだし、否定する気もない。現状で何かわかることはと思っただけだから、気を悪くしないでくれ」
「ふぅん?」
今度はエシェルの方が意外そうに、そういった司さんを見た。
どこか、じろじろと、というほどはあからさまではないが、品定めをするような。
……そういえば、オレたちが来た時もこんな感じだったか。
そして、エシェルはふと表情を緩ませた。
「どうやら君は『いい人』らしい」
「………………」
すっごい微妙な評価だろう。
何せ、少し前にダンタリオンとそんなやりとりをしたばかりなのだから。
そこはさすが天才というべきか、何かを察して言い直した。
「その評価じゃ不満かい? 悪い意味じゃない。合格だ、という意味さ」
…………………この人、友達作るの苦手なんだろうな。
なんだか、わかってしまった。
すごく、不器用な、というか二年半以上、日本に居ながら訪問する人間もいないというのは要するにそういうことなんだろう。
ルース・クリーバーズとはある意味、対照的な人だ。
「どうも」
司さんは、気にしていない。
が、おそらくオレの言ったことは大体把握しただろう。
「まぁ、何かわかったら連絡するよ。けど、僕は神魔に関わる君たちの組織も好きではないから、秋葉か忍経由になる」
「なんで特殊部隊まで?」
「結局、行きつく先が同じだからさ」
今のは意味がよくわからなかった。
けれど、人の好き嫌いなんてそんなものだろう。
関わりたくない、一言で言ってしまえばそんなところか。
「それにしても君は『ゼロ世代』だろう。こんな小物な事件を担当するなんて、どうなっているんだい?」
「? ゼロ世代?」
初めて聞く言葉だった。
小物な事件は、まぁ司さんは統括の第一部隊にいるからわからないでもない。
担当というか、ダンタリオンの館でも「そんな話がある」程度の話だったから、多分直接担当ではないと思う。
エシェルは司さんの立ち位置を知らないだろうので、そんな疑問になったのだろう。
オレに新たな疑問を残しつつ。
「ゼロ世代っていうのは、特殊部隊が立ち上がった時に、残っていた人たちのことだよ。初代とか第一世代とか普通はいう」
忍は知っていたらしく、教えてくれた。
「……浸透はしていない言葉なんだな」
「内部の人間が後付けで言い出したことだからな」
情報が錯綜している。
エシェルは当然、知っていると思って使ったんだろう。
知らなかったのはオレだけだったみたいだけど、司さんが内部の人間、と言っているので、多分、オレが無知なわけじゃない。
「なんで初代じゃないわけ」
「文字通り、ゼロからすべてがスタートしているからだよ」
短い忍の説明に納得。
しかし、誰が言い出したんだか……
「そう、『ゼロ世代』は特別なんだ。本来は対神魔のための組織じゃない」
「え……」
「そう構える話でもないよ。当時は『天使』がいつ再来するのかわからなかった。だから急ピッチで人員が必要とされた。その為に、過酷すぎる養成にふるいから落ちた人間は多かっただろう?」
「……」
数百人いる初期志願者の内、残ったのは20名弱。
それは知っているので、エシェルの話はわかる。
司さんが黙っているのはおそらく……
あまり思い出したくはないからだろう。
それ以上の深い意味はない、と思いたい。
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