3.片害共生(1)ー神出鬼没の占い屋

司さんにとって大した収穫はなかったが、清明さんの依頼をこなせそうな人が増えたのは、オレにとっては喜ばしい。


ついでに、仕事で一緒になる機会が多いから、共通の話題になるのもいいことだ。

仕事としてではなく、単なる雑談として。

もしかしたら忍は、そういうことも考えて引き合わせたのかもしれない。


どうせ、森さん経由でその都度話は行くだろうしな。


変わったことを情報交換するのが、ライフワークみたいだし。



などと考えたのはさらに数日前。

仕事が終わって、帰途につく。


なんとなく、涼しい風が吹いていたのでふらりと駅の反対側に出て、歩く。

この街は、一駅くらい歩いたところで大差ない。

周りを見ながらだと、割とあっという間の距離だ。


その夕刻の街角に、オレはエシェルの姿を見つけた。


「エシェル……? だよな」


そう思ったのは、大使館であった時とは程遠い、年齢相応の服装をしていたからだ。

Tシャツに薄手のジャケット、そして意外だったのがカーゴパンツだ。

後ろから見て黒髪だったら、絶対スルーしていた。


「あぁ、秋葉か。意外なところで会うな」

「今日はたまたま散歩がてら……大使館と離れてるけど、よくこの辺り来るの?」


聡明な顔つきと、年齢にしては大人びた口調。

エシェルだ。


「いや、今日は……」

「? どうしたんだ?」


おせっかいのつもりはないが、困りごとかと聞いてしまう。

街での観光客神魔対応の、職業病だろうか。


……こっちからわざわざ聞くほど、街中で仕事しないけど。


「違うんだ。実は……この間、司と一緒に来たときの例の話」

「え、もしかして何かみつけた?」

「……」


黙って視線を横に逃す。

それで、ちょっとわかってしまった。


「実は何か調べてくれてた?」

「調べたというほどでもない。ただ、気になったから」


うん、素直じゃない。

分かってない人にはやりづらい。


オレはなんとなく、わかってきた。

それは、大使という複雑な背景も絡めて初めて見えることなのかもしれない。


それともそう捉えるオレがお人よしなんだろうか?


「この辺にいそうなのか?」

「そこの路地」


すぐそこだ。

覗く。

看板は出ていないが、小さな旗が立っていた。


「……ひょっとしてあれが目印?」

「日替わりみたいだ。あの旗そのものが毎回使いまわされていたら、いくらなんでも警察が場所くらいはみつけられるだろう」



そうだな。

忘れそうだけど、調査専門の監察っていう部署もあることだし。

イフリートの時といい、どれくらい動けているのかは謎だけど。


「よく見つけられたな」

「フランス人が絡んでるなら、同じフランス人に聞いてみたらいいのさ。そんなに人気なら客として足を運んでいる可能性が高いだろう?」

「やっぱり調べてくれてたのか」

「…………。個人的に気になったんだ」


うん、暇がありそうだしいいんじゃないか。

様子をうかがうエシェルを前に、オレはちょっと考える。


「オレ、入ってみるわ」

「! 危険だぞ、神魔が絡んでいるのだとしたら……!」

「でもそのフランスの人って、別に何かあったわけじゃないんだろ?」

「……それは……そうだが」


頭のいい人間は、色々な可能性が考えられるから事件性があると聞けば慎重になるんだろう。

その後少し話も聞いてみたが、客の一人として入るなら問題はない気がする。


司さんには世話になりっぱなしだし、様子くらい見てくるのはいいだろう。


「占いは人間がやってるんだよな。なら神魔が関わってるのかもわからないし」

「秋葉……!」


それが軽率だった。


* * *


探りを入れるなんて、真似をする気はない。

ただ、客として占いをしてもらうだけ。

その様子を司さんに伝えるだけ。


それだけのつもりだった。


オレは、エシェルと一緒に「人間の」ガードマン複数に追われていた。


「まさか……こんなことになるとは……」

「想定してしかるべきだったな。過去も未来も見えるというのが本当なら、君の過去が見られた時点で、アウトだったんだ」


そう、つまりはそういうこと。

オレが護所局の人間であることも、事件性に勘づいていることもすべて筒抜けになってしまった。


そんな大げさなことをするつもりはなかったが、向こうにとっては「おとり捜査」と同じことだ。


無事に帰れる予感がしない。


「しかし、それほど的確に過去を見られたということは、神魔が関わっているのは間違いない。人間業ではないんだからな」

「問題は、何がどうやってかかわっているか、だけど」


それ以前にオレとエシェルに訪れている目の前の危機だ。


「人間と神魔が手を組んでいる? ……しかし、誓約上法に抵触することはできないはずだ。この国に来られる神魔レベルになると、そんなくだらないことに手を貸すとは思えない」

「そういえば、前に結界の網をくぐるくらいの小物が召喚されてた事件があったけど……」


一人で考えているエシェルの声に、つい応える。

不法賭場の時のことだ。


「その程度の小物に過去や未来が見える力がある者はまず、いないはずだ。しかし、利害の一致でもなければ……何のメリットも」



現在地は、占い屋にスペースが貸し出されていた雑居ビルの中。

逃げ込んだ先は、中くらいの会議室だ。

エシェルの判断で、ドアがふたつある部屋を選んだ。

片方から来られても、片方から逃げられる。


……両方から来られたら、アウトなわけだが。

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