23.カミオロシの先

本須賀は続けている。


「元々戦う力を持たない人間に、あなたの力は過ぎたもの。さぁ、私が使ってあげる」

「使う? 俺をか。わかっているのか? その身体を使うのは俺なのだぞ」

「だったら使えばいい。その子よりきっと、うまく動ける」

「……」


手に入れたかったのだ。神の剣を。「特別」であることを。

いつかアスタロトさんが言っていたことを思い出した。本須賀は、本須賀葉月は純粋に「力」を手に入れたがっているのだと。


それが、今はスサノオに向いていた。

いや、もしかしたらもっと前からだったのかもしれない。どうして要石など壊し始めたのか。初めは違ったのかもしれないし、初めというのはもうそこからだったのかもしれない。


それはオレたちにはわからないが……


「私は戦うのが好き。力をふるうその瞬間が、一番心が晴れる。あなたと一緒、違う?」

「……いいだろう。やってみるがいい」


森さんの体が、本須賀に「十握剣」を渡した。途端に崩れ落ちる森さんの身体。すぐ近くで見守っていた司さんが、瓦礫の上から落ちる前にそれを支える。


「まさか、スサノオが……清明さん!」

「親和性」


本須賀の手に渡った。その表情は、いつも通り。口元に笑みをたたえるのを周りにいた人たちは見ただろう。

清明さんがぽつ、と呟く。

親和性。それは相性のようなもの。


本須賀は力をふるうこと自体に、愉悦を覚えていた。

そしてスサノオも、守ることよりも壊すことをひたすらに繰り返している。


それが一致した、とでもいうのだろうか。


「いや、そんなことが……」


ありえないといった顔をしたその眼前を一瞬だけ強風が吹き抜けた。


「!」


十握剣を手にした本須賀が、いや、おそらくスサノオ、だろう。凄まじい勢いでせまる天使が地上に降りるより先に切り捨てていく。

神魔のいる高みに近いところまで一気に跳ね上がって、それ以上の侵入を許さない。


もはや人間の動きではない。

森さんに降りていた時はそんな動きはしていなかった。


歴然としたその差は、誰の目から見ても明らかだった。

地上に降りた特殊部隊の人たちは、見上げるばかりで、司さんも動かない。


その必要がない、ように思っていたのかそれともこの凄惨な状況に、もはや組織として機能が失われたこの場を後にすることができなかったからか。


それは凶刃のように、ミカエルについに届く。


「ぐっ……この力は……」

「この国の、『神』の力」


愉悦すら覚える笑みをたたえて、本須賀が、いやスサノオか?がそれを誇示する。あっという間だった。


一瞬、ミカエルの頭上に跳んだその姿が消えた。ように見えたが、次の瞬間に、本須賀の剣は、ミカエルの表皮を上から下まで稲妻のように切り裂いていた。


「ぐぅおぉぉ」


獣のような咆哮を上げ、痛みを示すミカエル。信じがたいというように、誰もがそれを見上げている。


その圧倒的な力を。


制御不能のリスク。これが制御不能になったらどうなるというのか。この時それを考えていたのは、まだ一部だけだったろう。


そして……


「大天使がその程度? 見合う器に収まった神の力を侮っていた?」


その言葉を聞いて、はじめてミカエルの表情に屈辱の色が浮かんだ。

敗走。そうとしか思えない宣言がなされる。


「一時撤退だ……」


天使たちだけではない。人間の側も驚愕としながらその光景を目にしていた。

天使たちが一斉に退いていく。清明さんは、それらを通すべく、天頂に張られていた結界をすべて解除するように指示を出している。


追撃は誰もしなかった。できなかった、というのが正しいのか。スサノオの力は圧倒的だった、が、その間に入って何かできるのかといえば、おそらく誰も何もできない。


天使以上に、未知だった。


「すごい……」

「天使たちを追い払ったぞ!」


その光景に一瞬遅れて「何も知らない」情報部の人間、サポートの一般武装警察がわっと湧いた。勝利、といえるのかオレの目からすれば微妙だ。

オレは特殊部隊の人たちを知っているから。払われた犠牲が異様に大きく見えていた。


それでも、五体満足で動ける人たちがいるだけ、まだマシなのだろうか?


「秋葉、葉月さんが」


その歓声を後ろに聞きながら、方々に傷ついた体で立ち尽くす白コートの姿を複雑な気分で見渡していたオレは、その声で前を見た。

いつのまにか、地上におりた本須賀がやはり笑みをたたえながらこちらに歩いてくる。


近くにいた数人の特殊部隊の人たちに緊張が走り、ふたたび彼らは構えた。同じ所属の制服をまとう本須賀に向かって。


その緊迫感に充てられたのか、歓声に湧いていた面々からも歓喜の色は消え失せた。天使を退けた今、何が起こるのかとそれを見守るしかない。

そして、「それ」を見た者から順に正気に戻ったかのように、今度は顔色を引かせていった。


血だらけになりながら、一振りの刀を手にして口の端に笑みをたたえる、小柄な女剣士の放つ異様さ。その表情は、わずかにうつむいて、口元の笑み以外うかがい知ることはできない。

返り血かと思われたが、あちこちに裂傷を負っていた。頬や腕、足。いたるところが自らの鮮血に濡れているにも関わらず、笑う、その違和。


陽光を反射した白刃がきらめく。


その時になって、はじめて誰もが理解した。


あの凶刃が、自分たちに向けられたらと想像する。

当然に、一瞬で死んでいるだろう、と。

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