ミーハー警官と現実の誤差(2)
「……本物という意味が分からないんだが」
それは偽物が何かもわからないというわけで。
「オレ、聞いたことがあるんですよ。前々から噂はあったけど、特殊部隊の方が最近、動き出したって」
特殊部隊。
それは要人警護から神魔に絡んだ事件まで幅広い任を預かる部隊のことだ。
当然、神魔を相手にすることも想定、というかむしろ前提なので、通常の警官には務まらない。
武装に関しても、ただの棒切れ、ただの鉛玉では話にならず……
「最近も何も、お前、オレが司さんと会ったのいつだと思ってんの?」
「え……」
記憶を引っ張り出しているのだろう。
引っ張り出すくらいの過去の話ということだ。
「じゃあ本当にそっちの部隊の……」
「情報遅いんだよ。なんで今更うわさなんだよ」
かっけー!とか言い出さない内に抑える。
そういう騒ぎは司さんは好きではないことくらい、付き合いが長くなくてもわかる。
周りも理解の上、苦笑。
「じゃあ機密とかじゃないんですね」
他のメンツが聞いた。
「公然と歩いている時点で機密も何も……」
司さんの至極真っ当な、受け答え。
「オレには仮にも同じ警察管内で情報弱者がこれだけいることの方が心配です」
「脳みそ筋肉じゃないですよ、オレ」
わかってる。どっちかというとお前の脳みそは豆腐だ。
一木の能天気な顔を見て率直な感想。
「とはいえ、幸い街中で大取物が発生した事案がないからな。あまり目につかないんだろう」
「……結構いるんですか」
「制服は完全統一されているわけじゃないから……絶対数は少ないだろうが、こちらの組もそれなりに巡回してるぞ」
知らなかった―!と驚きの声多数。
うん、まぁ、神魔の方々と本気で何かあってから、一木たち見回り組に連絡を入れられても遅いよな。
「じゃあじゃあ! あの噂も本当なんですか!?」
「……」
どれがうわさで何を聞きたいのか全くわからない。
司さんのその気持ちが、オレにもわかる。
主語とか述語とか、固有名詞を一つくらい入れろ。
「司さん……こいつ結構めんどくさいんですけど相手します?」
「何それ、酷い!」
「でもオレ的にはここでさよならすると、後でオレの方に食いついてこられるから差しさわりない範囲で相手してもらえると有難いんですが」
「先輩、愛してる!!」
気持ち悪い!
無駄にじゃれつこうとする一木を押し返しているオレを見て、司さんがため息をついた。
「どの噂だって?」
聞いてくれた。
ありがとう、司さん! めんどくさいことをめんどくさがらずにやる人ってすごいな!
オレの後顧の憂いは消え去った。
そして、一木が聞く。
「霊装・強化、です」
心なし声が低くなった。
急に真剣な顔になって聞くものだから周りの視線も神妙なものになっている。
「本当も何も……生身の人間が、仮に悪魔に殴られて無事に済むと……?」
ちょっと考えればわかることだ。
様々な術やら結界やらで、力の制限があるとはいえうっかり手加減を忘れると壁までふっとばされるくらい怪力なカミサマ方もいるわけで。
本気で事件モードになったら、何かしら護りのない人間は壁にたたきつけられて即死の確率の方が高い。
そんなわけで、司さんたちは身体能力を強化する術式、それから霊的な守りの強い神魔のそれを破るくらいの武装はしているわけだ。
刀に触らせたくないのはそういう意味もあるのかもしれない。
「やっぱり噂は本当だったんだ……!」
やっぱりラピ〇タは本当にあったんだ、くらいの感動が伝わってきた。
一木だけでなく、ふつうに回りの隊員たちも表情が盛り上がっている。
「じゃあその刀も本物ですよね! ぜひ見せて……」
ひょい。
司さんは無遠慮に手を伸ばしてきたそれをさりげにかわした。
「……」
沈黙。
懲りない男、一木の再挑戦。
かわされる。
再……
「やめろ! お前少しは失礼って言葉知らないの!? お前だって愛刀とかあるんだろ? 自分の武器とか触られて楽しいか?」
オレはついグーで一木の頭を叩いて止めた。
部署が違うし、これは人間として忠告しているのでパワハラにはなるまい。
「え、それは……」
頭を抱えながら一木。
「模擬刀だろ」
今度はひょいと司さんが、中腰になっている一木の腰からそれを抜き取った。
「あっ」
「……いや」
柄にかけた手に力を少し入れる司さん。
「イミテーションか……」
ちょっと遠い目をして小さく笑みを浮かべた。
「わぁぁぁ! 恥ずかしい! やめてください!」
返して!
と泣きつく一木。
悪意のない司さんは、すぐにそれを返した。
「イミテーション……? 模擬刀と違うんですか」
ある意味、模擬刀もイミテーションであり。
「刃がない。というか、柄と鞘で一本」
「一木……」
完全に、見た目だけの飾り物。というわけだ。
「そんな目で見ないでください! 本物の刀とかどれだけするか知ってるんですか!?」
「……2、30万かな」
「安くて車一台分位するんですよ! そんなにほいほい買えるわけないでしょう!」
忍がいたら多分、こう言う。
車一台買った気分で買って、大事にすれば?
……多分、ふつうにそんな金がないだけだと思うが。
「そうなんですか、司さん」
オレは骨とう品……もとい、現在の武器事情について詳しくない。
「車が例えなのは言い得てるな。ピンキリだ」
あー 数十万から数千万とか、下手すると億もあるってことか。
納得した。
しかし、さすがの一木も恥ずかしかろう。
目の前に、すごくすごいと思う人がいるのに自分はその最低ランクすら持っておらずに見掛け倒しとは……
というか、普通にコスプレしたいだけかよ、お前は。
余計なことに気づいた。
再び司さんの静かなため息。
カチャン、と小さな音がして一木に鞘ごと刀を渡してやる。
「甘やかさなくていいですよ。そいつ、恥って言葉をたまには知ったほうがいいです」
おぉぉーと円になる見回り組のおまわりさんたち。
「いや、甘やかすというか……」
憐れんでいるっぽい。
それか、早くこの場から解放されたいと思い始めたんだろう。
懲りない奴に憐みもいらないと思うが、早く帰れるならまぁいいか。
一木はそれこそ珍しく許可を伺ってから、刀を抜いた。
すらりとした白刃は、周りの風景をよく映し込んでいる。少し角度を変えれば太陽の光を反射して、煌めく。
すげー!と感嘆の声しか上がってこない。
オレもあまりよく見たことがないが、小さい頃に施設見学で見たようなものとは訳が違う。
なんというか、曇りがないというか、切れ味が良さそうというか
……オレの語彙。
「司くんの刀は生きているって感じだね」
「あれ? いつのまに」
その輪の横から忍が覗き込んでいた。
生きている。
オレからは出てこない言葉だ。ちょっと感心する。
「お前、何してんの?」
「外回りなの。人垣には興味ないんだけど、制服軍団だったからちょっと気になって」
オレたちの姿があったこともあって、来てみたらしい。
「でもこんなにきれいじゃ、さぞかし切れ味がいいでしょう。指なんて触れたら落ちるレベルでは」
「えぇっ」
ざわり。
輪が少し引いた。
「そうだな。だからあまり慣れていない人間は触らない方がいい」
「かっ、返します!」
ありがとうございます! と一木はすべてを抜くに至らず礼とともに司さんへ鞘ごと返却。
「確かに日本刀ってすごくきれいだと思ってたけど……」
「そんなにすごい破壊力とは……」
刀に興味ありそうな面々が各々感想を交わしている。
「西洋の剣は鈍器に近い。けど、刀は斬ることに特化してるから、切れ味的には同時代のほかのものとは比べ物にならないって言われてる」
「お前、その知識は情報部門で得たものなの? 昔からあるものなの?」
「たまたま流れていた番組で」
意外と俗っぽいのな。
しかし、たった一度放映されたであろうその内容をさり気に覚えているところは、らしいといえばらしい。
本人的には人の顔が覚えられないので、記憶力がいいとは思っていないらしいが。
司さんは刀をベルトに戻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます