7.君に届け

魔界から手紙が届いた。


「なんでオレにさっさと言わないんだ!!」


そして意図せず忍は珍しくもダンタリオンの顔色を青ざめさせることに成功する。


「個人あてだし、言ってもこればっかりは仕方ないよねと」

「仕方なくねー 何か言われた時知りませんでしただったらどうなると思う? オレの身」

「地獄の業火で焼かれんじゃねーの?」


オレはといえば珍しく清々した気分で執事のヒトの出してくれた紅茶を口に運ぶ。気のせいか、いつもよりおいしい。


「その通りだよ。シノブの選択次第で灰燼と化すわ」

「選択はやっぱり召喚でしょうか」

「絶対参戦組に入れろ。そもそも他はどう考えているんだ」


とダンタリオン。手紙はベレト様からだった。それはまだ、名だたる魔界の王侯貴族(?)となんやかんやでお知り合いになる前。

魔界から観光に来た「人間界大嫌い」な怒りっぱなしの魔王様の名前。


「他は、有志で」

「有志ってなんだ。召喚する側が強制的に召喚できるのが契約者なんだよ。シノブはどこでそのメンバーを募っているんだ」

「正直、決めかねてるんですけど今回ばかりは私の独断は危険なので、清明さんたちとも相談の上、初期2人は枠埋まってます」

「その一人を外してベレト閣下を入れろ」


そう、手紙の内容は「どうして私を召喚しないのだ」みたいな感じだった。

忍がソロモンの指輪を手にしてから大きな戦闘は2度。

しかし、自分から観光に来てさえも初登場で、憤怒のオーラを放っていたベレト様は当然のごとく一方的には呼んでいない。


練習中に呼び出した魔界の貴族の口ぶりでは、噂は魔界にも流れているようだから、それが耳には入っていたのだろう。


呼んでほしかったらしい。


「わかりました。じゃあ公爵外してベレト様入れますね」

「待てー! オレが死ぬだろ。制約つきでミカエルとやりあえってのはさすがに無理だ!」

「お前の口から『無理』って言葉、聞くの初めてじゃね?」


初めてではないかもしれないが、口調が口調だけに新鮮だ。

ベレト様については、現れただけで迎えの官僚たちをまとめて恐怖のどん底に突き落とした記憶は鮮明で、上の人間も「呼び出し危険」みたいな判断をしたのはまぁ、わかる。

オレも実際、怖かった。


「魔界には厳しい階級制度があるんだよ。他はともかく閣下は下剋上したいとも思わないわ、あらゆる意味で」

「そうだな。仮に領地取れたとしてもあのお抱えオーケストラとかお前、どうにもできそうもないもんな」

「もうこれ以上、その辺は触れるな」


下手に口を滑らせて密告されたら危険と判断したらしい。オレはまた初めて「感心」という気持ちをここで抱いた。


「あとの一人は!」

「パイモンさん」

「……」


納得。パイモンさんは魔界の「西の王」の一人と言われているので、すごく強そうだし協力もしてくれそうだ。

それを押しのけて「オレを入れろ」とはさすがにダンタリオンも言えないようだ。そもそも「魔王」の名を冠していて所縁のあるヒトは、その二人だけだからしてここは戦力的にも絶対に外せないだろう。


「転移召喚で何とか」


沈痛な面持ちで額に手を当てながらうなだれるダンタリオン。転移召喚は確かに負担が少ないとは言われている。


「じゃあパイモンさんに交渉して事前に日本入りしてもらえるように頼んでもらえますか?」

「なんでパイモンさんの方?」

「そっちも転移召喚になれば負担少ないと思うんだよ。ついでに他の有志も調整してもらって全員事前に入国してもらえば、召喚の数増やせるよね? ……なんで気づかなかったんだ。やっぱり公爵に相談すべきだった」

「シノブ、ここで猛反省されても微妙だ。引き受けるから何人くらい召喚できるのか再計算してあとで教えてくれ」


はじめて魔界の大使っぽいことをしていると感じるオレ。今日は新鮮なことでいっぱいだ。


「わかりました。アスタロトさんに相談してみます」

「……お前、オレには相談しなかったのにそっちに相談してたの?」

「だって召喚絡みも面倒見てくれたのアスタロトさんだし」


そう言えばお前は放置してたよな。今思い出してみると指輪云々も本来はダンタリオンの「仕事」だったようだし、その後も忍にレクチャーまでしてたの、というか魔界でデバイスのカスタマイズまでしてくれたの全部アスタロトさんだよ。


そもそも召喚人数を「計算」するという作業をこいつがしている姿は想像できないわけで。


「まぁいいか。オレも仕事が増えたわけだしそっちは任せて」

「またそうやって一観光滞在の悪魔を酷使する。ツケが溜まっていく一方だけどいいのかな」


気配もなくアスタロトさんが扉の所に立っていた。このヒトは大体気配がないので、もう慣れた。

むしろ適応力が低いのはダンタリオンの方らしく、なんとなくぎくりとしている。それとも「ツケ」という言葉にか。


「ここに滞在して自由にしてんだからいいだろ、それくらい。オレの面倒じゃなくてシノブの面倒見ると思え」

「面倒見てください」

「忍にそう言われたら仕方ないね」


アスタロトさんに相談に乗ってもらえないと困るのは忍なので、直接の素直なお願いにアスタロトさんもため息をつきながら了承してくれた。

ただ、口ぶりだとやはり参戦はしないようだ。そこは自由意志なので誰も強制はしない。


「ところで、閣下から手紙が届いたんだって?」

「はい、見ます?」


内容的には誰が見ても問題ない感じなのでオレも見せてもらった。ダンタリオンにも先ほど見せたので、テーブルの上には開封済の封筒と便箋があったが、忍はそれを引きあげて、ソファの背もたれ越しに後ろに立つアスタロトさんに渡した。


「……」


読。


「意外と閣下はかまってちゃんだよね」


感想。


「お前はよくそういうことが言えるよな……」

「人間界では初めて知り合いが出来た、みたいな感じだからオロバスと大して変わらないんじゃ?」

「黙れ。黙ってくれ。盗聴器とかあったらオレの身が危ない。もうこの件については誰も口外するな。わかったな!?」


いつになく危機感いっぱいのダンタリオン。天使よりベレト閣下の方が怖いらしい。

そう考えると、かまってちゃんと言い切ったアスタロトさんはある意味ベレト様より上なのではと、魔界の勢力図……というか真のパワーバランスの取り方について、謎が深まるばかりだった。




後日談。

ベレト閣下、魔界での重役会議により最終決戦、欠席。

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