22.戦闘の予兆

それからオレたちは、少しの間日常を送った。

神魔の行きかうこの国で、街で、それを眺めながらいつも生活。

異教の神様や魔界の大使のもとへ通う日々。


それが簡単に壊れる来る日が来るなんて、思っていなかった。


「遂に決定が下ったそうだな。『最後の戦い』やるって」


ダンタリオンがいつもの部屋で、そういった。

風はだいぶ涼しくなっていて、外を歩くにものどかな気候になっていた。

エアコンも何も効いていない部屋で、カーテンは緩やかに揺れている。


「なんだよ、最後の戦いって」

「聞いてないのか? ツカサは知ってるんだろう?」


と言われて一緒にいる司さんを見るとどこか苦虫を噛み潰したような顔をしている。しかめている、程度ではあるかもしれないけれど。


「?」

「それはまだ秘匿事項です。特に外交部は関りがないので安易に口外しないでもらいたい」

「オレたちは関りがないって?」

「言っちゃったもんは仕方ないだろう。シノブは何のことだかわかるか?」


それによって何をどう話すのか判断材料にするつもりだろう。ダンタリオンは悪びれもせずに、だが少し反省の色を示しているのかため息をついてそう続ける。


「『天使迎撃戦』の話ですか」

「ほら知ってた」

「!? 迎撃戦って……今、結界は安定してるんだろ? 襲ってくる気配もないって聞いてたけど」

「だから」


ダンタリオンは言いかけて司さんを見た。伺ったようだが、何の反応もなかったことから続けることを選んだようだ。


「結界の外には天使たちがいる。こっちからは見えないがいつでも攻め込む隙を伺っている状態なんだ。安定って言ってもまだ完全に代替も効いていない。今までは『たまたま』先手を打って戦場を括って被害を防ぐことができた。けどな、それは偶然と必然がうまいことまじりあった結果だ」


一度でそこまで言い切るダンタリオン。偶然と必然。オレは思い出す。

最初はエシェルの忠告があって迅速な対応から被害は抑えられた。

その後は要石が割れる気配や予兆からある程度の出現域の特定ができた。


でも。


今も空の上で無数の天使がこちらを窺っているとしたら?

あの戦神のようなミカエルが強引に、結界を破ってきたら?


街が壊れる。たくさんの人が死ぬ。


いつのまにか「三年前」になっていたあの時を思い出し、背筋に冷たいものが走る。

神魔のおかげであっというまに復興した街からは見る影もないその光景。

灰色の空と崩れかけたビル、割れたショーウィンドウ、無人のひび割れた大通り。


忘れていたと思っていたが、そうでもなかったらしい。

暗いコントラストが、記憶の底には鮮明だった。

更に、あの時はいなかった大天使は剣の一振りで、多くのものを消し去ることができるのだ。「三年前」の比ではなく、加速度的に壊滅が訪れるかもしれない。


「司さんはともかく、忍は何で知ってたんだ。どうして言わなかった」

「情報部にもまだ流れてない情報なんだ。私は指輪を持っているから……」


つまり、戦闘要員としてカウントされているということか。特殊部隊である司さんたちが迎撃するのは決定事項だろうが、忍もそこにまっさきに含まれているのは……正直、何と言ったらいいのかわからない。


「いずれ情報部もサポートで入るから、選抜メンバーには先に話がいくとは思う。けど外交部に関しては、完全に圏外になるから迎撃作戦については待機命令しか出されないと思う」

「……待機」


要石が原因不明で割れていた時は、神魔に指名された面子がそれらを回った。けれど「迎撃」というからには完全に戦闘のみ、ということだろう。

何から聞いたらいいのか……聞いてしまったからには知っておきたいことは多いが、言葉が声にならない。


「今回ばかりはオレもお前を物見遊山で連れてくつもりはないからな。天使迎撃って言えば何をするかわかるだろ。端から戦闘だ。全力で叩き潰す勢いで行かないとだから、構ってられない」

「ふっざけ……! 最初のあれは、お前が勝手に指名して勝手に構ってたんだろうが! オレが自分から進んでついてったみたいな感じで言うのやめろ」

「そう、だから今回はそれでいい。待機って言っても外交部にも専用回線ですべてモニタリングされるはずだから……そこから見とけ」


どうしてこういう時に限ってそこで止めるのか。確かにオレは忍とは違って必要でも進んで危険に進むタイプではない。確かに勧めてほしいわけでもない。けれど何か、釈然としないものだけが腹の底に残る。


静まり返った一瞬、風で大きくカーテンが翻る音がした。


「その戦闘っていつ? ……どこで」

「それ聞いてどうすんだ」

「どうもしねーよ。半端に訊いてたら気になるだろって話」


なんとなく怒鳴りたくなるのを押さえてオレは話を進めた。知りたいことに意味なんてないんだろう。気になるから聞いた。

たぶん、そんな気持ちは忍ならよく知っているはずだ。


「迎撃作戦はまだそれが行われると決まっただけの段階なんだ。場所もまだ指定されていない。けど、前回までと同じく市街地であることは決定済みだ」

「街中でやるんですか?」


甚大な被害を思い返しつい聞いてしまう。答えは簡潔だった。


「特殊部隊は、市街地での戦闘を前提として出来た組織だ」

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