エピソード1

出会い-白上 司(1)

オレはその日…

初めて神魔の恐ろしさを知った。



神魔が当たり前のように行きかう……

現在の日本では、各国(宗教圏内を指す)からの大使の役割や立場は、天使が世界中に現れる以前のそれとは違う。


ぶっちゃけ言ってしまえば、天使などから日本を守るために協力的な神魔たちの内、一定レベル以上の力を持つこと、長期滞在をするヒト、その所属の中でも情報のやり取りがそれなりに出来る地位にある者に限定される。


彼らは彼らで、この国がどうなっているのか同郷の者に情報を流したり、逆に人間にはすでに伝達不能となっている世界の情報をもたらしてくれるなど、互いにメリットも多く、基本、親日なので関係は良好だ。


ただ、時々問題が起こる。

観光客よろしく、一時滞在に来る神魔は大使たちとは力量差がありすぎるため、粛清を恐れて、大きな問題は起こさない。

問題は相当大きな力を持つ神魔が、それなりの長期滞在を望んだ場合だった。


* * *


それはまだ、外交官としてようやく地盤固めが終わったくらいの頃だったろうか。


「今回来たのは、魔界のモラクス侯。……侯爵だね、ダンタリオン公爵と同郷と言えば同郷なんだけど序列は上」

「七十二柱ってそういう序列もあるんだな」

「天使にも階級があるし、あの宗教圏は人間の格差社会の拡大図みたいなところがある」


ダンタリオンは初めにこの国の開国(……)のきっかけとなった存在なので、もはや大抵の外交官にもおなじみである。

あまり詳しくないので今回は、情報統括部から忍についてきてもらっていた。

それから……


「えっと、司さん……は、そのモラクス侯爵については何か知っていますか?」


その人はいつも護衛としてついてくれている護衛官とは少し違う雰囲気に見えた。

はじめて一緒に仕事をする、白上 司さんだ。


「いや、それほどは……ただ、モロクと同一視されることもあるのが気になるところだな」

「モロクって、生贄を要求するとかいうモロに悪魔、みたいなやつですよね」


頷く。


司さんは、同じくらいの年にも見えたが自分と違ってとても落ち着いて見える。

言葉も多くなく、話しかければ普通に返ってくるが、あまりおしゃべりという印象はない。

……凶悪そうな情報にちょっと尻込み気分になると忍が何やら紙を取り出して見せてくれた。


「先に知っておいた方がいいのでは」


神魔……とくに魔に属するヒトたちには異形のヒトも少なくないので、初見だと見た目でビビることもある。

忍は端末も持っていたが、こういう時、紙だと何となく見やすいなと思いながらオレは歩きながらそれに目を通した。



ーモラクスー

 七十二柱の階級は21位。侯爵。

 男の顔を持つ大きな雄牛のような姿で現れる。

 また、天文学やその他の教養学に精通。

 使い魔を与え、薬草や宝石が持つ力についての知識を与える能力がある。



「え、なにこれ。ほんとに悪魔?」

「そう思うでしょう。私も思った」


姿以外は、いいことしか書かれていない。


「でも生贄とかけっこうやばい系なイメージは……」

「あくまで同一視される、っていうだけで本当は別物の可能性が高いのかもね。ダンタリオン公爵がいれば先に聞けたんだけど……五泊で京都に視察に行ってるらしい」

「視察じゃなくてそれ、ただの観光だろ」


どんだけやる気ないんだよ、と恐怖のイメージが呆れに上書きされてふっとんだ。


「大阪まわって帰って来るって言ってたよ」


観光だよ!!


ともあれ、モラクス侯は先日いきなりあらわれ、浜松町下車徒歩15分……浜離宮近くに屋敷を構えた。

……やってくるなり、私邸を別荘のように作ってしまう神魔の方は、割と多い。

これは特に神様系に多い悪意のない行為だ。

そんなことをできる自体が、それなりに力がある証拠でもある。


しかし、そういうことは世間一般的に困るので、説明とか交渉とかいろいろ……

現在のオレのような外交官の仕事は、大使に限らず、ちょっと高貴そうな神魔の方々とのつなぎである。


「そもそも来日の理由がはっきりしていない。一応、親善のためと書かれているが……」

「何か気になることでも?」

「俺が派遣された時点で、危険ありきという可能性もある」


え、どういう意味ですか。


……聞けなかった。

そもそも護衛官は護衛が仕事で、いつもついてきてくれるわけで……


「すまない、脅すつもりはないんだ。ただ、親善のためという目的がそもそも曖昧だろう?」


あ、何かいい人だ。

こちらの空気を読んでフォローしてくれた。

ちょっとほっとする。


「確かに、それをはっきりさせるのが、今回の仕事ですからね」


庶民の交流程度なら特に問題はないが、館を一晩で作り上げるくらいの力を持っている魔界の侯爵だ。

場合によっては、政府からの要人指定を受けることになるだろうし、そうなるとこの先、付き合いも出てくるかもしれない。

オレは気を引き締める。



……とりあえず、見た目は大体想像できたから、いきなりビビることはないはずだ。



そして、その館に到着した。


「……目的」


忍がその館を見上げてつぶやいた。


「来日意図をはっきりさせるのもそうだけど、この違法建築物をなんとかしてもらうのも目的のひとつだよね」

「そ、……うだな」


経験から行くとこの辺りは文化の違いというか、説明が結構大変だ。

神魔といえども、この国のルールを守ってもらう必要がある。

物わかりのいいヒトだと良いのだが、半端に力を持っていて、半端に悪魔気質だと「なんじゃわりゃー? コンクリートに詰めて東京湾に沈めたるぞ」みたいな展開になりかねないのが一番怖い。

その為の護衛官でもある。

もっとも、そんなチンピラみたいな悪魔の場合は、管轄が違ってくるので基本、オレがかかわることはない。


……そう考えると、チンピラでないのは確かなようなので大丈夫か?


どうでもいい可能性を考えていると、約束の応接間についた。


従僕と思しき獣頭、人型の魔物がうやうやしく頭を下げて通す。

ドアは大きく、見るからに重々しそうだ。

ドアというより、扉。

それが開くと果たして中にいたのは……


巨大な牡牛だった。

いや、顔は人間なんだけれども。

半人半牛はミノタウロスなんて有名だが、あれの逆バージョンだろうか。

ともあれ、温度が妙に低くて、寒い。


「いらっしゃいましたな、大使殿」


正しくは外交官なのだが、向こうから見たら大使は大使なので、そう呼ばれることも多い。

あまり気にならない。

むしろ気になるのはこの寒さで。


「いえ、はじめましてモラクス侯」


こちらから名乗る。

初めての場所だと、大抵ここで着いてきてくれる護衛官も名乗るのだが、司さんはなぜか一礼だけすると一歩下がった。


さすが魔界の侯爵、存在感は圧倒的だ。

オレは霊感とか全くない方だけど、何か向こうからプレッシャーみたいなものが吹き付けてくるようだ。


……実際、見た目と巨大さでプレッシャーには違いないんだけど。


あと、部屋が暗くて普通に怖い。

悪魔の偉い人の部屋っぽい。

これは、あくまでオレのイメージだ。

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