3.デバイス改修

「確かにダンタリオンの言うことに一理ある」


珍しくアスタロトさんがダンタリオンに同意を示した。話は召喚用のプログラム……というか、データ?ソース?が流出した場合の問題についてだ。


「ボクとしてはシンプルな作りだからあまり問題視していなかったけれど、呼び出しが増えるのは面倒だ」


その程度の問題ですか。

……むしろその程度の問題だったからこそ、放置されていたのだろうが。


「開発部の腕利きが聞いたら、爆死するか逆切れしつつ無駄に複雑化されそうなので内密にお願いします」


だからその程度の話なのか。プログラムがどうのになるとよくわからないので、オレは黙ってやり取りを見ている。

現代悪魔の方がプログラム云々において高度な知識を有しているという、かつてのイメージと逆行した会話が展開されている。

しかし、アスタロトさんが言うと違和感ないな。


「そのプログラムの最終的なチェックはお前がしたんだろ?」

「情報の部分だけね。正しい召喚が行われるように」


つまりシジルだとか動作確認だろうか。実際、忍を一時預かりしていたのはアスタロトさんなので、それはわかる。


「人間の手の及ばないプログラムの改修となると……適役はマルバスか、パイモンかな」

「パイモン閣下は技術でなく知識系だろう。オレと同じだ」


忍からデバイスを受け取ってなんとなくいじっているアスタロトさん。パイモンさんはオレも知っているが、マルバス、というのは初耳だ。


「知識が特化している分、スキルもあるよ。あと、配下が優秀」

「……それじゃあお前、オレの配下が使えないみたいなことになるだろ。むしろオレが使えないような言い方やめろ」

「っていうか、お前配下とかいるの? この屋敷のヒトしか見たことないわ」


オレの悪意のない一言が、挟まってしまい魔界の公爵は二人してオレの方を見てきた。

……何かすみません。


「いるんだよ! 魔界の方に。一人で領地切り盛りするとかどんだけ貧乏貴族なの? それとも配下も持てない貧乏貴族なの?」

「公爵、どっちにしても行きつく先が貧乏貴族一択になってます」

「マルバスは機械工学が専門。召喚も可能だけど忍とは面識があるパイモンの方をお勧めする」

「お前、オレの話スルーしすぎ」


オレは無駄に頭をぐりぐりされながらその話を聞いている。知識じゃなくて工学が専門ってどういうことだよ。どういうもこういうも多分、システム構築できちゃう方のヒトなんだろう。痛いので現実逃避に自問自答。


「パイモンさんなら安心という感じはしますが……マルバスさんというヒトは更に専門っぽいけど駄目なんですか?」

「駄目じゃないけど、爵位的にも総裁だから。パイモンなら、王の地位と陛下直属という面でもまず魔界においても信頼度が高い。派閥絡みもないし魔界事情からの助言かな」

「じゃあパイモンさんにお願いしたいと思います、が」


歯切れは悪くないが、はっきりと逆説の一文字を付け足している忍。


「……直接お願いに行った方がいいですか」


どこまで礼儀正しいの、お前。


その疑問というか、もはや流れに近い言葉はそのまま声になった。これに対して忍の言い分はこうだ。


「だって前も助けてもらったし、むこうでは王様でしょ? そもそも王様呼び出すとか何様なの?」

「お前が召喚主様だよ」


さすがに呆れたようなダンタリオンが続く。


「(仮)みたいな状態では。秋葉だったらヒトを呼びつけた上でお願いとかできる?」

「できない」


ここら辺は、オレも忍もまごうことなき日本人だ。


「気持ちは分かったがどうやって魔界に行く気なんだ。むしろ辿り着く前にお前がとって食われるぞ」

「そうか……魔王城までの道のりは遠いな……」

「その言い方、ただのゲームっぽいからやめろ。ていうか、パイモンさんの領地ってどこ」


むしろ魔界の地図が全く分からない。不毛だ。


「いいよ、ボクが預かる」


不毛な会話に終止符を打ってくれたのはもちろん、アスタロトさんだった。


「……お前、里帰りすんの?」

「他にも用があるから構わない。説明も必要だろうし、すぐに謁見可能なのはせめてボクら公爵以上である必要もある」

「……アスタロトさん」

「前に言ったろう? 召喚主に求められるのはシジルに敬意を払うこと。忍は十分にそれを満たしている」


気持ちは重々に伝えておくと付け加える。まぁパイモンさんなら大丈夫だろう。魔界に人間が行けないのだから、呼び出しが失礼という理由なら、全く何も失礼なことはない。


「度々ありがとうございます。何かお礼した方がいいですか」

「君、ボクの契約者でもあるんだからね。こき使えとは言わないけど……あぁ、そういえばもう一人ここに契約者がいたね」

「オレに行けってか。無理だ。色々な意味でお前の方が早いし、そもそもそのプログラムの使用許可を忍に出したのお前だろうが」


形式的な意味ではない。召喚のレクチャーをする際に「これ使っていいですか」「いいよ」という世界の話だ。


「そうだね、指輪を渡した責任もあるから気にしなくていい。ただし、その間はデバイスが手元にないことになるから、そこは気をつけて」

「そっか。召喚不可能か」

「可能だけど、手間がかかるってことでしょ?」


文明の利器に頼りすぎているとこうなる。必要な情報がいつでも参照できると思うと覚えないのが人間だ。


「ふつうに本かファイルにして持ち歩け」

「頑張って信用できそうな何人かは記憶できるように善処します」

「シノブ、知ってるか? 日本人の『善処します』はNOという意味で使われるって」

「私が善処すると言ったらそれは宣言であって、NOではない」


こんなところはすこぶるマジメだ。マジメというか几帳面というか。とりあえず、水を差しかけた悪魔の一言はやる気を示して、はねのける。敬語でないあたり、これ以上続けるとレッドゾーンに入る警告だ。


「司にでも護衛してもらうように言っておいた方がいいかもね」

「オレが和に話し通しとくわ」


何らかの反省があったのか、ダンタリオンは小さくため息をついて白旗の気配。本当にこういう時は強いな。だから魔界に行きそう怖いっていうのは、誰しも可能性として感じているんだろう。

魔王城を目指すのはやめておけ。

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