4.新宿地下(1)
そんなわけで。デバイスによる召喚技術は一時封印。有事の際はアナログ方式による召喚を要されることとなった忍。
「……」
ずっと本を眺め続けている。
「シジルのイメージ刷り込んでんのか。誰?」
「覚えやすいのはアスタロトさんなんだよね。他のヒトってそもそも意味が分からない図形が多く」
オレも一度見たからそれはわかる。アスタロトさんのシジルは、人間界でも見覚えのある図がいくつか配置してあった気がする。しかし、覗き見たそのシジルの模様(?)は、丸、三角、四角、そしてツタ模様とでもいうのだろうか。曲線の先が巻いているものがいくつか。
……見覚えがありすぎる単純な図形が多数混在していて、逆に覚えづらい。
「手首とかに書いておいたら?」
「……秋葉にしてはいい発想だと思う。しかし、油性ペンでそれを描きこんだら、一体私は何者になるのか」
「カンニングする奴みたいだよな」
「机に書いておいた方が不自然じゃないと思うよ」
カンニングの話じゃないって。敢えて、続ける。
「机に書いておいたら持ち運べないだろ」
「そうなんだ。有事の際に結局持ち運べるのは自分の頭だけだから、そこにしまうしかないんだ」
まさかの会話が成り立った。
「でも完璧に暗記って難しいよね。やっぱりどこかに描いとくようにしようか」
「オレが悪かった。なんとなくだけど、やらないで」
それにしたって、ペンで描きこんでも歪みそうだしなんとなく間が抜けている光景なので訂正する方向で話しておく。
「今日は大丈夫でしょう。清明さんからの呼び出しだし」
「むしろ話の重要度が高そうで全然心理的に大丈夫じゃないけどな」
オレたちは、久々にあの建物に向かっている。
一度要石の件で呼び出された、術師たちの館だ。
その前に司さんと合流して、その施設へ足を踏み入れる。
「そういえば司さんは、前に来た時一緒じゃなかったけど……ここ、はじめてですか」
「いや、何度か来ている。『石』の話はこちらも無関係ではないし」
あの時ははっきり「誰が何を知っているか」は詮索無用だったが、今更感も手伝って普通に聞いてしまった。
謎エレベータを使うために上階へ上がって、エレベータで地下に降りる。
清明さんが待っていてくれた。
「先日は、大変な目に合ったね。その後は何事も?」
「ないです。むしろ特殊部隊がどうなっているのか聞きたいところですが、司くんは口を割りません」
「割らないというほどではないけど、必要がないだろう」
いきなり自分に話題をふられて仕方ないとばかりに口を開く司さん。
当然、渦中の主は本須賀だが誰もその名前は出さない。
「報告はダンタリオン公爵や司から聞いてるよ。ふたりに何もないならそれでいい」
いつのまにか、清明さんのオレたちの呼び方は、キミカズのそれになっていた。特に違和感もないのでそのままにしておく。
暗い廊下、原始的な炎で灯された明かり、静かな部屋に入って席に落ち着く。必要以上に静かな感じがするのはここが地下で完全に地上部分からの音が遮断されているからだろう。
自然音にしろ人工音にしろ、外の賑やかさに慣れている人間にとっては、まるで異世界だ。
「清明さん、今日オレたちが呼ばれたのって……」
「顛末は大体わかっているだろうから、今後のことについてだね。結界は貼り直しの最中、これも伝えてあるから省くけど」
そこまで言って、少しだけ顔を曇らせる。貼り直しというのは、今はほつれが存在しているということだ。改修工事というのは道路でも建物でも、それに代わるものができるまでは、古いもので耐えきらねばならず。
……ちょっと心配になって来る。
「今日来てもらったのは、秋葉と忍の二人は要石の一番大きな施設を見たから、改めて他の場所もどうなっているのか案内しておこうかと思ってね。司もだ」
そして、そのまま案内される。施設見学。その言葉に忍が地味に喜んでいる。
しかし要石が機能しているその部屋では真面目な顔でその説明を聞いていた。
いずれ、改めて何かできることがあるわけではないので、承知だけしておくという感じだろうか。
再び元の場所に戻って来る。
「見てもらったように、要石に至るまではいくつものセキュリティを抜けないと通常は入れない。外交部の何人かはそれぞれの神魔と一緒に以前、入っているけれどね。そんな時は特別な鍵を渡してすぐに渡れるようにしている」
渡れる、の意味が分からないが直行ルートのようなものもあるということだろう。
「さすがに本須賀葉月の……制約のない悪魔の侵入にはどうしようもありませんでしたか」
「なんだかんだ言ってもこちらが使っているのは人間の技術だから……それも、直接送り込まれてたっていうのは、想定外だったね」
簡単に言うが、あらゆる想定はしていただろう。ただ、緊急で措置をしたはずの合間を縫って転移召喚が行われる可能性は、異常なまでに低い確率だった。情報がリークし、その上で万端を期した召喚なんて、ふつうの日本人には不可能だ。
「灯台下暗しですね」
「全くその通りだよ」
ため息をつき合う忍と清明さん。気を取り直したように、顔を上げて今度は司さんを見た。
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