2.鉄の結界(2)

「えーーーーなにこれ。こういう配置ってことなの? ていうか、この丸いとこに何の意味が?」

「黒の半分は『陰』、白は『陽』を指す。文字通り陰陽だ。そしてその力が最も集う場所がこの丸印。つまり、北は新宿周辺で南は皇居」


<i549432|33285>


皇居。

その時点でさすがのオレにもわかった気がした。これは、つまり「結界」というものだろう。どんな働きをしているのかはわからないが……


「ちょっと待って。でも山手線が出来たのなんてもう何十年も前だろ? 今の事態を想定してたとか……」

「ないな。もともと東京自体が風水都市と言われている。あちこちに結界やらなにやらが敷設されたのが江戸時代。この街が世界に類を見ない程、栄えたのも効率的にこういった仕掛けがあちこちに施されてる影響が大きい」

「マジで?」


思わず聞いてしまう。今まで生きてきてそんなこと知りもしなかったし、時代が時代でなければ一生知らないままだっただろう。


「山手線は仏の手結界なんて都市伝説は聞いたことあるけど」

「それはわからんが、山手線内は他にも五芒星(ペンタグラム)や、北斗七星を象って置かれた寺社も多い。全部、結界目的の計画的なやつな」


……ただ鎮座してるわけじゃなかったのか。


「山手線の目的は、東京に鉄の結界を作ること。そして皇居が清涼な場所であるならば、新宿は人の気の吹き溜まり。歌舞伎町みたいな町が出来てもまったくおかしくない」


どうしよう、具体的な地名とその街のありさまを知っているだけに納得してしまいそうなオレがいる。

その手の話に詳しくなくても、元々皇居はパワースポットとして有名だったというのもある。


「中央線の目的は、高尾山の気を都心に流すこと」

「歴代天皇の御陵があるんだっけ?」

「まぁこの辺の真偽は清明の分野だな。総武本線の目的は成田山の気を、つくばエクスプレスは筑波山からの気を東京に持ち込むこと」

「成田エクスプレスとか平成に入ってからじゃなかった? 今でも構築され続けてるってこと?」


当然の疑問。しかし、清明さんのような術師がひそやかに存在し続けていたのは、十分それらの裏付けになるのだろう。


「秋葉原が急に栄え出した時があっただろ。長いスパンで見れば、成田エクスプレスが入った辺りから。つまり、その交点にある街が栄えるのは当然、という見方はできる」


……こじつけというか、この時代だから逆に現実じみていて怖い。確かに秋葉原は昔はただの電気街だったらしい。それが今や、サブカルチャーがごった返し、独自色を持った観光地としても一大スポットなのは否めない。


「なんか怖い……いや、怖くはないけど、すごい……?」

「疑問形になってるよ、秋葉」

「だから言っただろ。江戸は風水都市だった。何度災害に見舞われようがその後も復活してるし、今も発展を続けている。その手の話だったら、山盛りあるぞ」

「もうおなかいっぱいだから、関係あるときにだけしてくれ」


オカルト趣味は元々ないので、その位で十分だ。要石はひとつではないが、つまりあの施設は都内にあるそういう重要拠点のひとつだったということだろう。

東京の都市計画は、遷都の頃から綿密に計算され続けているらしい。


「そんな知識と無縁の人生を歩んできたオレは、飽和状態だ」

「無理に詰めなくてもところてん方式にしては?」


反対側から押し出せってことか。確かに空きはできるだろうが、肝心の内容を記憶してなかったらいざという時に、ダンタリオンに何言われるかわからない。

一応、覚えておくことにする。


「お前のキャパどうなってんの?」

「人の顔を覚えない分、無駄知識が入る余地はあります」

「無駄知識ってなんだ。人間はそもそも一度記憶したら忘れない生き物なんだぞ。回路が遮断されているだけで」


急に科学っぽいこと言い出した。


「科学といえば、公爵。お願いがあるんですけど」

「……一応断っておくけど、オレの得意分野は知識であって直接的な技術じゃないぞ」

「なんだ。じゃあ駄目か」

「シノブ、諦めるのが早すぎだろう。とりあえず聞くから言ってみろ」


先に予防線を張ったのはお前だろう。

いつもはない忍の「お願い」にスキル面での難易度の高さを感じたのはダンタリオンだけではない。そしてそれは当たりだったようだ。


「デバイスの召喚プログラムのこと。シジルと対応のヒトを照会する割とシンプルな作りなんですけど、人間が作ったものだからこのままでいいのかなって」

「? 作ってもらったのお前だろ?」


紙の本が今や電子書籍なら、魔導書(グリモワール)も電子化するような感覚だろうか。忍は開発部の有志にスマホのような端末で、それが簡略化できるようにプログラムを組んでもらっている。


「作ってもらっておいてなんだけど、解析されるのってやっぱり七十二柱のヒトたちは嫌かなって」

「シノブ―お前は偉いなぁ。召喚者でそんな思いやりのある奴はなかなかいないぞー?」


なんか感無量な感じで忍の頭をガシガシ撫でているダンタリオン。忍は安定の表情のないっぷりだ。しかし、嫌がらないだけ譲っている。


「悪魔呼び出す奴が思いやりとかおかしいだろ。そんなの過去にいたら会ってみたいわ」

「そうだね、そんな人がいたらとっくにオロバスさんと仲良しになってるよね」


人間と親睦を深めたがるが、能力が能力だけにトモダチが出来ない不遇の魔界の王子(馬型)の事例はわかりやすい。


「まぁな。欲望のもとに呼びだされるのが通例だからな。しかし、確かにそれは一理ある。今の時代にグリモワールの全てが正しく伝わってしまったら呼び出しが増えそうで厄介だ」

「シジルとかって資料によって微妙に違ったりしますもんね」


転写を何度も手書きでしていれば、歪みだの間違いだの出てくるのは当然だろう。伝言ゲームのように、間違って伝わっているものも多いようだ。

しかし、今の世の中は「そのまま」情報が転載されがちなので、昔とは比べものにならない速度で大量に拡散しかねないのも怖いとこと。


「そうなるとプログラムの改変か……オレの知ってる範囲でできないことはないが、それを人間に教えると結局結果が変わらない。……アスタロトのやつに聞いた方が早いか……?」

「アスタロトさんとこ行ってみます。今邸内にいます?」

「だからどうしてお前はそうあっさり方向転換するんだ。少しはオレを頼れ」

「お前が今、アスタロトさんに聞いた方が早いって言った」

「じゃあ公爵お願いしていいですか」


早速、部屋の外に向けかけた足を戻して忍。それを見て、なんでも、とばかりに鷹揚に頷くダンタリオン。


「アスタロトさん呼んでください」

「……………………………」

「まぁ揃って話すのが一番早いよな」


ダンタリオンは黙って、執事を呼ぶための呼び鈴を手に取って振った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る