追儺歌鎖 編

1.鉄の結界(1)

アンダーヘブンズバーを訪れ、ちょっと贅沢な(?)時間をすごしたのち、日常が戻って来たかのような矢先。


「なんか、嫌な天気だなぁ」


空を見上げ得ると暗い雲が低く垂れこめている。雨が降りそう、という感じでもないが風がなくて居座られているとさすがに、街全体が暗くなっているようにも思える。


「最近、天気が不安定だよね。雨が降ってたと思ったら急に止んで、晴れたと思ったらものすごい風が吹いたり」


そして再び、雨が降って、曇って、晴れて一日の中でループする。


「風が強すぎると寒くてダメだ」

「コート欲しくなるよな。冬用の」


今年は妙に桜が咲くのも早くて、都内の開花予定が出た二日後にはヒルズの毛利庭園は満開になっていたという。

それが月曜日。花見、なんて時間もなく翌週には散り始めていたので、ろくにゆっくり見ていた気がしない。

もっとも都内はどこに行っても桜がビルや街とコラボしているから、歩きながらちょっと顔を上げれば見られるんだけど。


「今年はみんなで花見しようって言ったのに……」

「諦めろ。もう散ってる」

「あ、アシェラト様の庭はどうかな。あそこは年中花が咲いている」


地母神アシェラト様。その庭は、確かに常春の光景だ。


「どうしてもやりたいんだな」

「どうしてもやりたいんです」


忍は別にイベント大好きというわけじゃないから、やると言ったからには、やりたいという感じなのだろう。

大分先になると思うが、必ず決行されそうな気配がする。


「何? お前ら花見したいの?」

「ら、っていうか見たことは見たよ」

「花見というか、先月、みんなでピクニックに行ったらことのほか面白くて森ちゃんとマイブームが来てしまい」

「オレが参加できなかったあの時か」


今日も今日とて定時訪問のようにやってきたその先で、根に持っていそうなダンタリオン。

実は先月エシェルも誘って新宿御苑に行ったのだが、アスタロトさんもさりげに合流してオレたちはうららかな春のひと時を過ごした。

ちょうどホワイトデーだったので、人気者のダンタリオンはお返しにパーティなんて開いて結果、そちらの対応で一日潰れていたという顛末。


「夏になると暑そうだから、今の時期がピクニックシーズンだよね」

「それにしてもついこの間その新宿御苑で痛い目に合ったのに、よくまた行こうって気になるな」

「新宿御苑に罪はない」


そう、オレたちは本須賀にはめられて新宿御苑を経由し、どこかの施設に連れていかれた。そこで死にそうな目に合ったわけだが……


こういうとこ、お前はこざっぱりしてるよな。さっぱりすぎて、よくわからん。


「そういえばあの謎の転移。あれ、なんだったんだ? どこでもド〇なの? あの倉庫のドア」

「そういうことは清明に聞け」

「聞く前に二の足踏んだらこわいだろうが。入口の旧い守衛室とかも忍は興味津々だったし、開けたら異次元だったとかシャレにならないんだよ」


冗談ではなく、割と本気だということが伝わったのかダンタリオンはしょーがねーな、と話す姿勢になる。

どうやら、仕掛けについては知っているらしい。


「オレも場所を聞いて見に行ったけど、扉自体が入口ってことはない。ハルファスが人を転送させる力を持っているから、扉はフェイクでそれっぽい演出をかけただけだろ」

「……そうだね、すっかり立入禁止エリアの演出にもやられてしまった」

「実際、関係者以外立ち入り禁止だったのはただの作業場だからだ。扉をくぐるだけで転移したら何も知らないガーデナーのおっさんも重要施設に飛ばされるぞ」


……。想像したらちょっとくすりとしてしまいそうな事態だ。そういえば、植物を休養させるゾーンだったっけか。


「でもなんで新宿御苑?」

「ここから先は、知らない方がいいことに辿り着くかもしれないぞー? 聞くか?」

「脅すなよ。知らなくていいことなら聞かない」

「聞く」


意見が真っ二つに割れた。話したがっているようなダンタリオンとふつうに聞きたがっている忍。分が悪い。


実際、オレの返事は無視してダンタリオンはつづけた。


「知ってて損はないだろうから話してやろう」


結局、話す気満々なんじゃないか。

にやりと笑うダンタリオン。無駄知識の書が今日も開かれようとしている。いや、今日は必ずしも無駄ではないのか。新宿であったことに意味はあるようだから。


「陰陽道ってのはもう知ってるだろ? 清明がやってるヤツ」

「知ってるというほどでないけど、ぼんやりと」

「じゃあ陰陽師がずっとむかしに公務員だったってことは?」


……ずっと昔と公務員という言葉がまず、まったく合致しない。そこからか。


「役人だったってこと?」

「そう。幕府公認の文字通りお役所勤め。近代ではすっかり鳴りを潜めていたが今がその状態だからわかりやすいだろ」

「余計わからん」


今は今で、科学技術とそういった術師的な存在、両方が必要とされているのでわかる。が、科学がそれほど発達していなかった時代を引き合いにされても……逆にイメージしづらい。


「ともかくそれくらい重要視されてたってことだ。そもそも陰陽道は今でいう自然科学の分野だからな。で、この陰陽道で太極図ってのがあってだな」

「どんなの?」

「絶対見たことあるだろ。これだ」


そう言ってダンタリオンは手近にあった書類を裏返して、円を描く。そのまま上と下に山がある曲線を一筆書きの要領で真ん中に通し、それぞれの山の中に丸を一つずつ。


「見たことある」


一方を雑に黒で塗り始めたところでオレははっきりと認めた。

見ようによっては白と黒の勾玉がふたつくっついているようなそれ。

Tシャツとかロゴマークでよく見るやつだ。これ、陰陽師の使う図だったのか。


「で、これをこうする」


ダンタリオンは紙を縦から横にくるりと回す。そして、その上から赤のインクペンに持ち替えて別の図を重ね始めた。


円と、中央を通るライン。中央のラインは左に突き抜けてその先に小さな三角が描かれる。円の右手は右上と右下に一本ずつはみ出す感じで。


……どこかで見たことがある。


「山手線と違う?」

「あ、そうだ。そうすると真ん中のは中央線か。こっちのは?」

「総武線と、なんだっけ」


結構新しい路線だった気がする。使わないのですぐに出てこない。少しして成田エクスプレスだと判明。そして、気づいた。

黒い上半分に記された白い丸。……たぶん、新宿だ。

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