そして、再び日常

1.待ち人の合間に(前編)

喫茶店。

この国に、紅茶専門店は少ない。

喫茶店と言えば大抵コーヒー店で、それを飲まない忍は選択肢の少ない中、紅茶か、あればフルーツティーなどを頼んでいる。


曰く。

例えティーパックでも、バリエーションのあるファミレスの方が好きらしい。


でもこいつ連れて行くと、ドリンクバーでいろいろ混入される洗礼を受けるんだ。

トロピカルティーにメロンソーダ、とか明らかにやばそうなものを入れてくるのは初回限定、良心だろうけど。

自身は有名ブランドのオレンジジュースと、有名ブランドのレモンソーダを無難にブレンドすることが多く、普通にカクテル状態だ。


コーヒーの香りは好むので、コーヒー専門店でも文句は言わない。そういうところは全くめんどくさくない。

なんてことをやっぱり人待ち状態で、考えている。


オレと司さんと忍。

三人そろう時は大使クラスの要人や潜在的に問題が大きいときに限る。

いつも一緒というわけではない。

ともかく、今回もそんなわけでまずは待ち合わせということだ。


コンコンコン


待ち合わせ…


コンコンコンコン


待ち……


コンコンコンコンコンコンコンコン


「うるせーよ! 用があるなら入ってくればいいだろ!?」


一番に、何も見ない選手権から脱落したのはオレだった。

通りに面した大きなガラスをたたく音は最初は普通のノックだったのに、最後はものすごい速さの千本ノックくらいの勢いになっていた。

音が大きくなるわけじゃないのがまた、うざい。

司さんと忍のスルー力半端ないな。


「用というほどのものでもないのだが……」


待て。


「なんで間に入って来るんだよ、反対側が空い……」


殺気。

司さんから初めてそれをぶつけられた。

素人でもわかるとか、どれだけですか。静かなのがまた怖い。

反対側とはつまり、司さんの隣の席だ。

間に入ってきたのは、宮古だった。



うん、わかる。わかります。

こんなやつに隣に座ってほしくないですよね。

でも前に見えるのもどうなんですか?


空気を読んでオレが移動する。

司さんからは対角線上に位置するので、視界に入りづらいだろう。

窓際には忍、その横に宮古という構図になる。


「みっちょん久しぶり、元気?」


何、その呼び方。

お前らいつからそんな仲なの。

すでに司さんからはげんなりした空気が駄々洩れしている。


「しのりんこそ元気? あ、コーヒーを。ブルマンで」


一応イケメン面が台無しだよ、今の空気感。


「冗談だよ。乗ってこないでくれるかな」


しのりんと言う呼ばれ方が嫌だったらしい。


「……気に入らなかったか。では、しーちゃん。ならどうかな」

「しのりんよりは幾分マシだけども」


宮古とは以前、一度街角で人待ちをしているときに会っただけだ。

司さんを激しく一方的にライバル視しているらしく、つっかかっているところをオレと忍が防護壁になった。

いつも危険な存在から護衛をしてくれる司さんに恩返しの意味も込め。


たはずだったのだが、途中から趣旨が変わって忍が遊んでさよならしてそれきりだ。

ただ、キャラとしてはすごく強いので一発で覚えてしまった(主に性格)。


「さしあたっては、お前はアッキーでいいだろうか」

「間違ってないけど、普通に呼べよ! そんな友達いらないから!!」


こいつ、しかも人にニックネームをつけたがるタイプだ。

司さんのことは名字で呼んでいるから、親しみを込めないつもりなんだろうが、むしろそっちの方が遥かに有難い。

司さんはものすごいスルー力で窓の外を眺めている。

絵になる光景だが、珍しく頬杖をついているあたり、こっちの空間に入らないという意志の強さを感じる。

逃げ遅れた。


「今日はなんなんだよ、みっちょん」


諦めて投げやりに呼ぶと喜んで宮古は答える。


「おぉっ 白上の知り合いにしては話が分かるやつだ。実は今日はだな」


藪蛇だった。

みっちょん呼びしてはいけなかった。

そいつはそうして隣に座る忍を見た。


「新しい髪型をアドバイスしてもらおうと思って」


下らなっ!

そういえば今日は最初にあった時と同じ長髪ストレートをそのまま流しているだけだ。

前回散々髪型でいじられたのに、どういうことなんだこれは。


「みっちょん……」


オレがみっちょん呼びしたことで、忍はそれで呼ぶことに決めた模様。

宮古さん、とか今の空気じゃ確かに逆に呼びづらいな。


「ここは飲食店だから、髪をいじるとかはやめた方がいいのでは」


すごく正論だ。

忍の発言には10分の1くらいの確率で、とても常識的で良識な意味が込められることがある。

主に相手が非常識だった場合、確率は比例して高くなる。

……非常識だよな。

すでに人が腰かけている満員の席に割り込むとか。


「そうか、確かに……だが、私のブラシも髪も抜け毛などない。準備は万端だから大丈夫だ」


そういう問題じゃねーよ。


「相手をしてもいいですか」


律儀に聞いてきた。

ちらと司さんを見る。

視線が戻った。


「早く相手をして早く追い返してくれ」

「今日はお前の相手をしに来たのではない! しーちゃん。から新しいビジュアルのヒントをもらうために来たのだ」


ねー。


……何こいつ、うざい。

女子高生のようなノリをされても、忍の方は乗らない。そういうキャラではない。


「そこ 。(まる)いらないから。そういう表現古いから。というか、みやっち前回あの髪型どうだったの」

「あれか? あれは好評だったぞ。道行く人々がみな振り返り、詰所へ戻っても近づくのも恐れ多いとばかりに遠巻きに噂にされてな」


それ、主に敬遠されてるだけだから。


しかし本人は気づいていないので、やはり幸せだ。

心の持ちようがポジティブどころの騒ぎじゃない。

呼び方が一瞬で変わったことは遊びの圏内なのでスルーだ。


「だからこそ、もう一歩踏み込んだ個性の確立とやらを学ぼうと思ってな」

「……そこはビジュアルじゃなくてもう個性の確立でいいんだな? かじ取りの方向は」


だったら忍のやることは、宮古の求めるものがイコールになるだろう。

ほっとこ。


「というか、この人仕事中に何しに来てるんですかね。諜報でしたっけ」

「……」


オレも無視されてるーーーーーー!

いや、オレが無視されてるんじゃなくて、司さんはこいつの話題を徹底して排除しているだけだ。話を変えよう。


「そういえば前に、忍が今も旧時代も長髪のリーマンはいない的な発言してましたけど、術士の人は男の人でも長くしてる人いますよね」

「何かの本で、髪は長い方がいろいろ受信できるみたいな記述見たことがあるよ」


あぁ、それで……

同じ意味を込めた視線が横を向いて髪を結われている宮古に向けられた。


「じゃ、女の人が長いのは?」


司さんにふつうに話をふる。


「髪は女の命というが、昔はそういう祭祀的な意味もあったのかもな」


普通に答えてくれたので無意味にほっとする。

女の命を短くしている女が目の前にいるのだが。


「でもそれ、日本の話でしょ? 海外だと髪は関係なくて首が長い方が美しいとか、首に毎年リング足して伸ばしてく民族の人いたよね」

「え、めちゃくちゃ怖いんですけど」


話を聞くに画面で見たそれは、人間にあるまじき長さまで伸びていたという。

やめてくれ。髪の長い人を見たら、首の長い姿の異人に脳内変換されるようになってしまう。

それは、全然きれいなお姉さんじゃない。


「中国には纏足(てんそく)というものがあったらしいし、美醜の基準は国によりけりということだな」

「纏足ってなんですか」


ここ2年で海外の神魔事情には強くなったものの、他国の過去の文化となると今は必要性に乏しい。

というか、それは博識に入る知識なのでは。

その先を聞いて思う。


「小さい鉄の靴を履き続けることによって、足のサイズを縮めていくある意味首を伸ばすより怖い、美しさの基準」

「……足が小さいほど美人ってことか……?」

「成人女性で12,3センチとかざらだったみたいだよ」


もはや、足以外の場所にきれいの要素がないらしい。


「普通に機能を考えたら、それってやばくないか?」


足のサイズを半分にしろとか拷問に近い。


「本来必要なものを歪めているわけだからな」

「纏足で歩けなくなる人もいたって聞いた気がする」

「美しさと機能性は反比例することも多々ある。機能など考えない中にこそ、美は生まれるのかもしれん」

「「……」」



なるほど、それを追求すると結果、こうなるのか。



突然の宮古の参加によって、沈黙。

司さんの声なき声が聞こえた気がした。

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