4.時間見の悪魔たち(前編)
最近、事件が頻発しているせいか、それとも部隊編成に変動があったせいか、司さんは忙しそうだ。
占い屋の件は昨日の今日なので、忍と二人でダンタリオンの公館に出向く。
事件に巻き込まれたウァサーゴと、アスタロトがいるはずだった。
「何? わざわざ見舞いに来たの?」
「それは律儀なことじゃのう」
「人間て、こういうところが面白いよねぇ」
果たして、そこにいたのは悪魔3人。
そーいえば、同時に爵位持ちを三人並べて会うというのは今までないことだった。
しかし、真ん中のじいさんに覚えはない。
ウァサーゴの姿はなかった。
「あの、ウァサーゴさんは?」
「あ~元気元気。問題ないからこの爺さんの相手でもしていってくれや」
「爺さんてお前……」
確かに容姿は、老人だ。
老いた紳士で、発した声はしわがれて、穏和な笑みを浮かべていた。
……悪魔って、見た目じゃ年齢と本質がわからないだろ。
それくらい理解している今日この頃。
しかし、見た目に釣られそうだ。
「わしはアガレスじゃ。わしがいることは想定外だったかの」
「そうですね、お見舞いは数があるので分けてもらってください」
何の会話をしているのかというくらい、無難だ。
アガレス。
ウァサーゴとアスタロトについては、すでにある程度知識を入れてきた忍にここに来るまでに道々聞いてきたが、どんなヒトなのかが全く分からない。
「ウァサーゴを助けてもらった礼を言おう」
「いえ、あんなことになってるなんてオレたちも知らなかったし」
「アガレスさん……名前は聞いたことがあるんですけど、失礼ですが七十二柱ですか?」
「そうだとも」
なぜだか三者三様な笑みを浮かべている。
ダンタリオンのなんとなく人を小ばかにしたような笑い方は慣れているが、アスタロトはおおむね好意的に、涼しそうに笑っている。
そして、アガレスは……ふつうに好々爺だ。
雰囲気はどこか似ているのに、なんだろうか、この感じは。
「ふたりとも七十二柱上の位は公爵だ。ウァサーゴは王子な」
「王子!」
「何驚いてんだ」
「いや、王子とかもいるんだなって」
人間だとわかりやすいから、ぐっと身近に聞こえる身分だ。
……というか、王子って爵位なのか。
誰の子なんだよ。
「血縁関係での爵位ではないよ。誰の子と言うわけでもない」
にこにことアスタロト。
「……アスタロトさん……読心とかしてないですよね……?」
「読心の力はないけど、時間読みができるせいか、少しその人の思考パターンはわかったりするね」
「経験長いと空気読める、みたいな感じになってますね」
侮れない。
「アガレスも時間見が能力だな。今回は、時間読みコンビで観光か」
「アスタロトが最近ちょくちょく来ているというから来たんじゃが……温泉がいいのう」
言ってることまでじじいくさいが、どういうことなのか。
「温泉は、老若男女問わず好きな人が多いですしね、私も好きです」
そうだった。
見た目に惑わされそうだが、ふつうに温泉旅行はツアーの定番だ。
そして、この東京都も意外と知られていないが屈指の温泉地である。
……普通に銭湯に温泉湯船が混じりこんでいたりするらしい。
「それにしても二人とも、元々人間に近い姿なんですか?」
「オレはふつうにこんなだぞ」
「お前は聞いてない。『二人』って言った」
ダンタリオンとオレのやり取りに、ほほえまし気な公爵二人。
とても悪魔の根城とは思えない、この平和で優雅なひと時は一体なんだ。
「ウァサーゴさんが元気ならよかったですけど……どこかでかけてるんですか」
「まぁそうじゃの。出かけているといえば出かけている。いるといえばいる」
忍が聞くと、曖昧な返事がそれに反したきっぱりさで返って来た。
「……逆に気になるんですけど」
「気にすることでもないから、まぁお茶でも飲んでよ」
「それな、オレの所有物だからな」
魔界の爵位持ちの関係ってこんななのだろうか。
アスタロトは、我が館のように、茶をすすめてくれる。
「今日はツカサは一緒じゃないのか」
今更聞かれた。
「昨日の今日だし、ウァサーゴさん被害者だしな。あんまり警察関係とか顔出さない方がいいって気も使ってくれてるんじゃないか」
「まぁ、らしいといえばらしいが」
個人的に謝罪することではないし、いずれ話は誰かしら警官が聞くことになるのだから、それより先にそんな人間が来るのは互いに気を使うだけだろう。
「日本にはおもしろいものも売っておるのう。貴殿もどうかね」
ふいに、アガレスのしわがれた指先が、取り出したのは板ガムだ。
……そういえば最近は、粒ガムばかり見ているからなんとなく懐かしい感がある。
どこら辺が面白いのかわからないが、魔界にはないものなのでまぁ大体面白いんだと思う。
「いただきます」
バチッ!
「!」
次の瞬間、オレはネズミ捕りのような罠に親指をはさまれていた。
「わはははは!」
「ふふふふ」
「秋葉ぁ~」
悪魔三人が、めちゃくちゃ小学生レベルのいたずらで笑いまくっている中、隣の忍からはどこか憐憫のまなざしを向けられている。
「どうしてこんなものを! 魔界の公爵がこぞって!!」
「……叱られてしまったの」
「いや、叱ってはいないんですけど。お前、わかってたの?」
若干しょぼんとしてしまった好々爺に、オレは思わず忍に降った。
「今どき板ガム珍しい。何か変だな、からのよく見るとバネのワイヤーが見える」
「なかなかの観察眼だね」
「ありがとうございます」
駄菓子屋のおもちゃレベルで褒められて何が嬉しいのか。
「まぁまぁ、気を取り直してこれ食ってみろよ」
「今の流れでお前に言われると、やばいものの気がして手を出す気がしない」
「それはボクとアガレスが昨日、駄菓子屋に寄ったときに買ったものだから、ふつうにお菓子だよ」
魔界の公爵二人がいい年こいて、駄菓子屋で菓子を買い占めてきたのか。
皿の上に何種類か乗っている菓子の中から、赤い球体のものを薦められている。
「気に入らんかのう?」
「そうだよ、秋葉。せっかくだからひとつ頂いたら?」
「お前が乗ったから、なおのことこれはレッドゾーン判定だ」
すでに正体を把握してるだろう、こいつ。
ころころと転がる球体のうち、赤ではなく黄色の方を忍は手に取って口に放る。
「ふつうにガムだよ。大人は買わない系の甘いフーセンガム」
これはレモン。
と忍は説明する。
赤い方は梅だという。
「じゃあもらう」
そういえば、箱に4つ入ってるガムとか小さい頃よく手にしてた気がする。
懐かしさも手伝って、口に入れる。
と。
「-----!!!!!」
「ロシアンルーレット仕様なんだ」
「よくやった、シノブ!」
テーブルをたたいてダンタリオン、ほか爆笑。
「おまっ! ……早く言えよ!」
「言ったら手を出さないでしょ? 私だってはずれはわからないわけで」
何か辛かった。
明らかに、想定していた味と違っていた。
駄目だ、これ以上ここに居たらターゲットにされる。
というか、なんで揃って悪戯好きなのこの貴族様たち……!
「レモンはものすごくすっぱいだけで、ダメージが少ないんだ」
今日は良識担当がいないっぽい。
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