片害共生(3)ー地下に潜む

……あわただしく聞こえる声は、日本語じゃない。


「……手分けして探してる。ここもまずいな」


フランス語、だろう。

語感がなんとなくそんな感じだし、エシェルが聞き取っている。


「……『地下には降ろすな』? ……なんのことだ……?」


呟きつつも、オレのあたまを文字通り、頭ごなしに押さえつけてくるエシェル。

意外と力が強い。


ガチャ。

ドアが開いた。


複数人の足音。

部屋の奥までは入ってくる気配はない。

ただ、わずかな間の沈黙が、隅々まで眺められているという感じはした。


息を潜めていると、それは何事か交わしながら出て行った。


「……何とかやり過ごせたかな」

「待て!」

「い……っ!」


声は潜めながらも、再び押さえつけられる。

意外と乱暴だ。


……意外とが続きすぎるので、認識が変わりそうな瞬間でもある。


ガチャ。


再び扉が開いた。

しかし、オレには遠ざかる荒い足音は聞こえても、その足音は聞こえていなかった。


「……」


膝上を隠すテーブルと椅子の間で、下から覗かれてもわからない恰好で伏せる。

若干辛い。

沈黙が続いた。


コッコッコッ


静かに、しかし速いテンポで近づいてくるあるかなしかの靴音。

じっと息を潜める。


コツ。


足音が止まった。


「…………二人とも。その体勢、きつくない?」

「!?」


ばっ、と顔を上げるとそこにいたのは忍だった。


「忍……お前っ、どうしてここに!?」

「しーっ、まだその辺にいるよ。追いかけてるっぽい人」

「……君は見たのか?」

「会った」


どういうことかと。

オレとエシェルはその顛末について、想像が至らず聞き返すことになる。


「エレベータホールで会った。あらかじめこの階に入ってるテナント確認してたから、そこに用があるって言ったらスルーだよ。でも、二手に分かれてた」

「……と、いうことはこの先に行くのは危険だな」

「下に戻る方が多分、いい。もう一方は階段から降りたから、エレベータを使った方がいいかも」


どこで鉢合わせになるかわからないが、エレベータ以外なら忍が先に様子を見てくれるという。

それほど大きくない雑居ビルなので、監視カメラなどがないのがいいのか、悪いのか。


「それにしてもわざわざ来るなんて……」

「仮に司くんが来ても、すぐに大取物になるなんてことはないと思う。二人が追われてること以外は事件性に乏しい」

「そうだな、追われる理由も明確でないし、とぼけられたら逃げられる」

「何かわかったこととかあるの?」


ここで話していいものか。

これ以上のことになる前に脱出が優先な気もする。

が、そんな経験則のないエシェルは素早く顛末を要約して話す。


「本当に、過去を見られた、か……それは確かに人間業じゃないね」


知られたものは仕方ない。

結局、オレもその話に乗った。


「だけどそんな力を持つ神魔が、協力するメリットがないって話」

「あとは?」

「気になることと言えば、追手が『地下へは近づけるな』と言っていたことか……」

「地下……」


あ、嫌な予感。


「お前、今、行こうと思っただろ」

「うん」

「ダメだぞ、そこは明らかに管轄外だ。司さんが来てからの方がいい」

「もう逃げる準備してたら?」

「う……」


それはあり得る。

潜入捜査とかおとり捜査と思われた時点でここはまずい場所なわけだから、もぬけの殻だったなんてことはあり得る。


「しかし、僕たちを追っている以上、その人間たちそのものが、手掛かりとしては残るな」

「え、エシェル。何考えてんの?」

「僕が囮になろう。その間に秋葉と忍は、脱出するなり、地下へ行くなりしてくれ」

「いや! それはまずいだろ。エシェルを囮にして逃げたとか、さすがに」

「じゃあ地下コース一択だな。先兵やるから」


ごっこじゃないんだ、忍。

しかし、軽い言葉を使う割に、本気なので困る。


「大体、エシェルの安全が担保できないだろ」

「僕はそんなに鈍足じゃない。頭もあるから大丈夫だ」

「………………」


それ、オレが足引っ張ってたみたいになるから、その気がなくてもやめて。


「司がすぐ来てくれるなら、捕まったところで拷問を受けるでもなし、問題ない」

「問題だらけなんだけど」

「とにかく、行ってくれ」


といいつつ、エレベータが一階に止まると地下一階のボタンをご丁寧に押して、さっさと行ってしまった。


「……これは階段で行った方が良かったのでは」


頭がいいからとっさの機転が効くのだろうが、忍の言っていることはすぐに明らかになった。

ドアが開く前にオレは、正面の右隅にぎゅうぎゅうと押し付けられる。

すぐに、ドアは空いた。


「××××××××××!」

「……すみません、なんて言ってるのかわかりません」


フランス語だ。

地下に近づけるな、ということはここにも人員が配置されているのは想定できることで。


忍はエレベータのドアが閉まらないように外からボタンを押しっぱなしにしている。

そして、器用に翻訳機を取り出すと、意思疎通を始める。


「この先の倉庫に行きたいのですが、どうかしたのですか?」


ボイス入力に続いて、機械音声の女性の声がそれをフランス語に翻訳する声がする。


しばしの沈黙。


「ここから先は、立ち入り禁止デス」


ちょっと片言の日本語が返ってきた。


「管理会社の許可は得ています。何か問題がありましたか」


これはうまい。

占い屋は日替わりだ。テナント施設の管理権限がない。

「本当に用がある人間」を力づくで立ち入り禁止にするのは、逆に立場を悪くすることくらい、心得ているだろう。


忍は通訳ソフトが働きやすいように、テンプレ的な表現で問い返す。


向こうの姿は見えない。

が、それを聞いて沈黙しているところを見ると、顔を見合わせるなりなんなりしているのだろう。


「ゲンザイ、危険物がB-2の倉庫にあるので、近づかないでクダサイ」

「わかりました」


あっさり了承を得る。

オレはどうするんだよ。

と思ったが、忍は彼らにこう言って聞かせる。


「早く作業するために、もう一人連れてきます」


そして、忍はエレベータ内に戻り、一度1階へのボタンを押した。

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