片害共生(4)ーアスタロト
ドアが閉まり、上に戻りだす。
「……地下にいる奴、もう面識あったらどうするんだ」
「多分、ずっといたっぽいから大丈夫じゃないかな」
大丈夫じゃなかったら。
そんな不安に駆られるオレの上着を脱がせて、置くところがないので、肩から掛ける形にする。
「……一時的でいいから髪型も何とか」
「そんなのでしのげると思う?」
「万一対策だし、外国人の顔って割と見分けつかないらしいから、大丈夫じゃないかな。……気休めで」
「その一言は言わなくていいんだ、忍……」
言いながら髪をくしゃくしゃと乱して、若干イメージを変える。
本当に気休めだ。
そして一呼吸おいて、地階へ降りた。
ドアが開く。体格のいい外国人に注目される忍とオレ。
忍が軽く手を挙げて挨拶すると、通してくれた。
ホントに分からないんだな。
というか、確かにオレの方が面識があるのかないのかわからない。
と思ったので、外国人の顔は覚えにくい説はありなのかもしれない。
そもそも相手の顔を覚えるどころではなかったが。
そして、直線の通路を突き当たって、右へ。
「B-2って……通り過ぎたか?」
「フロア案内だと二か所に出入り口があった。回り込めば確認できるかも」
それは大体エレベータホール付近にあるものだ。
4階の会議室に迷いなく来たのも、位置を確認していたからだろう。
一つ目の入り口はさすがに、ガードマンに近いので一旦、通り過ぎたまま奥へ向かった。
忍の言う通り、地下は回の字型の配置で、通路の内外に部屋があるようだ。
「B-2……見張りがいないのが逆に気になるけど……」
「見張りはね、ボクが眠っておいてもらったよ」
「!」
気配はなかった。
いつの間にかそこに立っていたのは、どこの人ともつかない浅黒い肌に銀髪の青年だった。
細い肢体に肩から薄いコートを羽織っている。
そして、どこか得体のしれない笑みと、切れ長の瞳。
「……ひょっとして、神魔?」
「よくわかるね」
御名答、と青年はよくできましたとばかりに瞳を細めて微笑んだ。
この辺りは雰囲気が、としかいいようがない。
もう経験という名の勘に近い。
神様はそれぞれがバラバラな雰囲気を持っているが、こと魔界の貴族は、個性はあるのに振舞いや雰囲気がなんとなく似ているところがある。
「ボクはアスタロト。日本には観光に来ていたところなんだけど、面白くないことをみつけてしまってね」
「……アスタロトって……魔界でも相当高位なんじゃ……」
「地位は公爵だからまぁ、ダンタリオンと同じだけどね」
あいつの知り合いか。
ということは、七十二柱である可能性が高い。
しかし、忍は何か得心が行かない様子。
「……お嬢さんは何か言いたそうだ。でも、とりあえずここまで来てくれたから、少し協力してくれないかな」
「協力?」
「そう、その扉を開けてほしいんだよ」
青年の姿をした、悪魔は言った。
「人間でないと開けられない。制限がないならどうということはないんだけど、今は無理だ。カギはほら、これ」
おそらくここに居ただろうガードマンから取ったものだろう。
倉庫らしく、アナログな形をした普通のカギだった。
「あの人たちは、危険物、と言っていたけれど、空ける前に注意することは?」
「特にないよ。もし何か察知して誰か来ても、開けてくれるお礼にボクが君たちを守ってあげるから安心してほしい」
悪魔に「守る」「安心」と言われても……
と言いたいところだが、魔界の貴族は一様に「約束を守る」。
日本でのルールもあるのだろう。
本来は、約束の仕方に注意も必要なのだろうが、ここではそういうこともない。
それに、彼らは一度した約束を守るということに関して、人間以上の確実さがあるのをオレは感じるようになっていた。
これもただの日本における経験則でしかないけれど。
忍もそれはわかっているのか、「扉を開ける」という条件と引き換えであることを取引として、ドアに手をかけた。
「!」
バチっ
一瞬静電気のような細い光が爆ぜた。
「大丈夫か?」
「……痛みはないね。結界か何かかな」
そうそう、と後ろから細身の人間の姿をしたアスタロトは、腕を組んでそれを見守っている。
一度はとっさに引いた手で、カギを挿して回すとあっさりと扉は空いた。
暗い部屋。
しかし、ほのかに床に描かれた三角形から燐光が漏れている。
それに重なるように、描かれた紋様。
あれは……
「やっぱり君だったか。ウァサーゴ」
その中央に、何かがうずくまっていた。
いや、何か、というより誰か、といった容姿だ。
うずくまる影は、オレたちが近づくと、どこか苦しそうに顔を上げる。
男のようだが、暗さと、燐光の陰になってよくわからない。
「このヒトも、悪魔?」
「そうだよ。ただし、強制的に召喚されたね。ウァサーゴはボクと同じで時間が読める。ほら、シジルの外に三角形があるだろう? 有体に言うなら『捕まって力を使われている』状態さ」
「……強制的に利用されている、ということ?」
「だから面白くないといったろう?」
という割には、その顔から笑顔が消えない。
何でも面白い、といった雰囲気さえ見えるこの悪魔が、何を考えているのかわからない。
「誰も来ないところを見ると、さほどの術者はいないようだ。外注かな」
日本語にも長けている様子だった。
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