2.大使館(1)-いい人って何ですか

最近、ごたごたしていたせいか、なんだか久々なダンタリオンの公館。


「ふーん、フランスの大使か。そういえば会ったことがないな」


先日のことを話し始めたところ、気にしたこともないとばかりの反応だ。

確かに、神魔が入ってきた頃には、人間の大使館はほとんど機能していなかったから、現存していたことすら知らないヒトの方が多いだろう。


「情報通のお前が知らないとか、意外だな」

「興味ないから」

「あ、そう……」


この辺りは、なんだかわかる気がする。

雑学知識が凄まじいわりに、興味がないことにはとことん疎い人間(じれい)が、割とそばにいる。


「大使館はこことは離れてるし、確かに用がないと行かない場所だったよね」

「そういえば、わざわざお前、地図で調べてたもんな」


都内は、面積的に広くないが、色々なものがありすぎてボリューム的には見えていないものも多い。

主要な路線の駅近くに大体、必要なものが揃っているせいもあるだろう。


「それで? 『お友達』にはなれたのかよ」

「……とりあえず知人からだな……」

「難しそうな人だったのか?」


と、これは司さん。

開け放たれた窓から、少し涼しい風が入ってくる。

庭園が広く、緑が多いせいか空気の温度が大分違って感じた。


今日もいつものメンバーだ。


「…………相当」


即答できるはずのその前に、思わず沈黙を挟んでしまう。


「海外の人だもん、無理ないよ。母国の状況は日本とは違うし、複雑だと思うよ」

「いや、オレが言ってるのそこじゃないから」


天才。


そういった人間に会うのは初めてだ。

みんながみんなそうではないのだろうが、自負はあるようだし実績もある。

そして、それに見合った言動。


正直、距離は遠いように見える。


「あぁ、すごく頭がいい人みたいで。最初は確かに、どうなるかなとは思った」

「お前でもそう思うんだな」

「そういう奴なのか」


それで、母国公認の頭の良さと、実年齢を教える。

飛び級して政府の中央機関に入るくらいだから、相当なのだろう。


それでもダンタリオンにとっては大した情報ではないのか「ふーん」程度の反応だ。


「天才ねぇ……そういう奴に限って、高慢で足元をすくわれたりするんだよな」

「悪魔に言われたくないよな」


確かにとっつきにくそうだが、高慢、という雰囲気でもなかった。

むしろ最後にした話は真面目そのものだったと思う。


「話してたら意外といい人っぽかったし、友達候補というか大使館に人が来るのは嫌じゃないみたいだったから、おいおいな」

「……秋葉、いい人ってどういう人間のことを言うんだ?」

「は?」


突然の問題提起。

いい人はいい人だろう。

悪い人ではないという意味に過ぎない。


その程度に考えているわけだが、具体性に欠けるので、そこは答えてみる。


「エシェルの場合は、最初は話しづらかったけど真面目そうだし、きちんと考えてるっぽかったよ」

「そうじゃなくて、世間一般的な『いい人』の定義を聞いてるんだよ」

「……………………」


大抵は、それ以上のものでも、以下のものでもない。


「例えば、シノブはいい人か?」

「なぜ私」

「ツカサの例えでもいいぞ」


そんなこと言われても。

まぁ悪いことはないので、素直に応えることにする。


「忍は行動が突飛なことがあるけど、頼んだことはきちんとやってくれるし、時間もきちんと守る。意外といい人」

「意外とってなんだ」

「お前、いい人の称号なんて欲しくないだろ。そこは妥協しろよ」


みるからに「いい人」というかというと微妙なので、そんな感じになる。


「司さんは『いい人』」


言い切れる。


「俺はそんなにいい人間でありたいと思っていないし、その言葉は適切じゃない気がする」


オレの中では完璧にそちらに分類できる良識ある人なのだが、やはりそんな評価に重きを置いていないようだ。


「そうだね、でも世の中『いい人』って呼ばれる人ってどっちかっていうと、無個性な感じもするよ」

「そうか?」

「何か他に誉め言葉がないから、それ言っとけ、みたいな」

「………………確かにそう言われると」


そして続く、忍の一言。


「それに、いい人っていうのは万人にとって『都合のいい人』でしかないって聞いたことがあるよ」


そう言われると、心当たりがありすぎる。

職場で「いい人」と呼ばれる人は、人はいいかもしれないが、忍や司さんに対する評価とは基準が違う。


なんだかんだ言いながら手を貸してくれたり、気遣ってくれる「いい人」かというと微妙で、どちらかというと「いい人なんだけど、仕事はちょっとね……」みたいな人が多い気がする。


「確かにコミュニケーション力はあるように見えるが、没個性と言えばそうかもしれない」

「私は『いい人』とは一緒に仕事をしたくないと思っている」

「お前ら、意外と勘が効くのな」


どこかドライに言い放った忍に、特に感心したかのようにダンタリオンは笑みを浮かべている。


「知ってるか? 組織の人間が鬱になる半分は、いい人と呼ばれる人間が原因だってこと」

「……いい人が鬱になるんじゃなくて?」

「正しくは『一見いいヤツ』が一番やばい。本当にいいやつは潰される。あからさまなパワハラだとかで鬱になる人間より、そうやって潰れる人間の比率が多くなっているって話」

「すっごい意味が分からないんですけど」


一見いいヤツ、というと実は全くいい奴じゃない腹黒い人間しか思い浮かばないが、話の流れからだとそれは違いそうだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る