火種(3)ーうちの子に何すんの。とかいうレベルではない内部事情。
ダンタリオンは、何事もないかのように電話に出た。
「はい」
『閣下に特殊部隊の第三部隊、南様からお電話です。こちらから電話があったとのことで』
「「「………………」」」
「そうだね、ナンバーディスプレイっていうものが普通は入ってたね」
「バレバレじゃねーか! オレたち何心配してたの!? 忍に至ってはこんなイージーミスするのか!」
「匿名で電話とかしないから。やましいことしてないから。ナンバーディスプレイ非表示にするようなことしたことないんだよ」
……取る側ではしっかり確認するが、かける側では全く意識の外に出している模様。
「あー悪い。ちょっとかけ間違えて」
「2回連続かけ間違えとかどうなんだよ。フォローできんのそれ」
「リダイヤル機能を使うとそうなるんじゃないかな」
「お前、あんまり使わない機能は覚えてて仕事で毎日見てるだろう機能が意識外ってどういうこと?」
第一回目がダンタリオンと判明した時点で、もうどうしようもない。
しかし、犯人はこの時間ならまだ詰所には戻っていないだろう。
それを考えてか、忍は横からこっそりとダンタリオンに念押しする。
「公爵、絶対に今の出来事は口外しないように口止めをお願いします」
「いや、余計ややこしくね?」
主に相手にとって。
「だって本人の耳に届いたら即ばれするよ」
「そうか……」
「南、今の話、そこにいる隊員全員に忘れさせろ。無理ならオレが記憶を消去しに行く」
「どこまで重大事件に発展させる気だーーー!!!」
オレはそれを横からぶんどって会話の主導権を握る。
この時点で忍が出れば済みそうだが、普通に、普通の会話をすれば問題はないことだ。
「すみません、近江です。今の本当にダンタリオン……公爵閣下の誤爆で、周りに変な意味で広まるとまずいんで、お願いします」
『なんだ、やっぱりか。わかったわかった、今人少ないから』
大丈夫、と豪快に笑う声がする。
……本当に、大丈夫だろうか。
笑い話にされたら、むしろ広がりかねないんだが。
南さんの人柄に触れ、安心の一方でよけいな不安が広がる。
オレは念押ししてから、通話を終了した。
「よし、オレは満足だ。よく言った」
「? 珍しいなお前がそんな褒め方……」
「聞いたかシノブ。こいつがオレを久々に閣下呼ばわりしたぞ!」
「……すっげぇムカつく。あれは外交用語だ! オレはお前より仕事してんだよ!」
今までのフリは何だったのか。
もう疲れた。今日は帰りたい。
しかし、忍はオレと同じ危惧を抱いているようで……
「本当に大丈夫かな。私、南さんのことよく知らないんだけど、人が良すぎて聞いてた人に重大さが伝わらないような……」
そうだな! 今までのやり取りでどこに重大な感じがあったのかすごく疑問だよな!
「逆に考えればいいだろ。それだけ派手なことになってるんだから、一応、南には報告を入れる。そうすれば南は一切、口外無用の選択を取るだろ」
「待てぇぇ! じゃあなんでそれさっき言わないんだよ」
「……。それもそうだな」
どや顔で言っておいて、オレの指摘にはマジ顔になる魔界の公爵、日本滞在3年目はたるみ切っている。
「そういうことなら、秋葉が説明してくれない? 当事者が報告しても説得力ないし、公爵だと伝言ゲームになるし、面倒だし」
「最後の面倒はどこにかかってるんだ? 自分でかけるのが面倒なのか? こいつにかけさせると面倒なのか?」
「どっちでもいいからお願いします」
どっちでもいいって言われたよ。
これはどっちかじゃなく、どっちもだな。
オレはあきらめてもう一度、リダイヤルをする。
南さんには部屋を移動して、話を聞いてもらった。
もちろん余計な私見は……入っていたかもしれない。
正直、オレは司さんとの仕事も長いし、けなされた言葉を並べられれば不快にもなるわけで。
もっともそこは、南さんが分別してくれるだろう。
隊長・副隊長クラスの人がゼロ世代……つまり、司さんと同期であることは、オレだって知っている。
『それは大変なことをした。理由はどうあれ、民間人に手を出すなど通常は処分が下るんだが……』
「いや、それは忍の方が望んでないんで」
そこまで考えていなかったが、そういってから忍を見ると頷く。
それでいいらしい。
スピーカーはオンになっているから会話は共有できている。
『本人に詫びに行かせるのは?』
「あー……そういう話になるとオレにはちょっと……」
結局、忍に代わった。
「詫びる気はないと思うし、事が荒れるのであくまで内々の報告という形で受けてください」
『本当に申し訳ない。本来ならすぐにでも上官として私がそちらへ行かねばならん状態のようだが……』
「ただの報告です。戸越は職務中に通りすがりの自転車にはねられて壁に激突しました」
いや、お前に限ってそんな間抜けな絵面は思い浮かばないからな?
もうなんだか、忍も投げやりになっている感じがひしひしと伝わってくる。
『わかった。申し訳ないがそういうことにしておいてもら……』
「待ってぇぇぇ! 南さん! さすがにそんな間抜けな状態の目撃証言者になりたくないから! せめて車で当て逃げにしてください!」
「自転車も車も大差ないと思うんだけど……」
「あるだろ! 民間人と特殊部隊のパンチくらうくらいの差はあるだろ!」
『確かにその通りだ。ともかく、話題が上がったらそういうことにしておくから』
カチャン。
オレはこれ以上余計なことにならないように、話がまとまったところで電話を切った。
「南さんって、人が良すぎな感じだな」
ボケっぱなしじゃないか。オレもうさばききれない。
今日に限って、オレ以外全員ボケ倒しているのは何なの一体。
「司くんの話だと実直一本という感じらしいけど。……秋葉、つっこみ疲れない?」
「お前、確信犯的にオレのつっこみ誘導すんのやめてくんない?」
「別にオレはボケてないからな。シノブはもううちの子状態だから、こんな傷を作られて黙っている方がおかしい」
「お前は今日はボケすぎなんだよ、一体何があったんだよ!」
しかし、実際のところこの出来事に比べれば、本来の要件など微々たるものに過ぎなかった。
それから数週間にわかって忍の顔から湿布やガーゼが取れることはなかったのだから。
そして、司さんが「それ」に気づくのも時間の問題だった。
「痛いです」
「うん、湿布はがす時って結構痛いよな」
「絆創膏ほどじゃないだろう。癒着するようなケガじゃない」
血が出ているわけじゃないので、固まることもはがれることもなく。
その日は一日中あちこちを回っていて、忍はすっかりぬるくなった湿布の交換をしていた。
うかつだった。
あまりにも大げさな湿布なので、目立つことは目立っていたので司さんも気にはなっていたようだ。
もちろん、口裏は合わせていたが……
「それは誰かに打たれた痕だろう」
「……」
相手はプロだった。
当て逃げされて転んで打ち付けた傷か、叩かれてできた傷かくらいわからないわけじゃなかった。
鏡越しに傷跡をみた司さんは容赦なくそこをついてきた、
結局、口裏合わせが仇となって、本須賀葉月の所業が司さんにバレた次第。
もっとも、司さんは口外して回ったりする人じゃないから、そこで情報は止まるだろう。
だが、忍にしてみると一番知られたくなかった人に知られてしまったようでもある。
それはオレも同じなのでよくわかった。
しかし、気持ちを共有したところで傷を共有しているわけではないわけで。
本日2度目の湿布替え。
どういうわけか、司さんが替えてやっている。
というか、鏡かショーウィンドウでもあれば忍は自分で替えたわけだが、探しに行こうとしたところ、司さんが手を挙げた次第。
「はがれにくいならいっそ、一気にはがしてくれないかな!」
「そうでもない。割と普通だ」
「じゃあ早く剥がしてくれないかな!」
忍が湿布の端を持つ司さんの手を動かそうとするが……不動。
ふつうに強化レベルの力なのか、基本腕力の差なのかはわからない。
一気にはがすとか司さんさすがに見た目女子相手ににそんな雑な扱い無理じゃないか?
……まぁ怒りの矛先が「ゆっくりはがす」になってるみたいだけど。
すまん、忍。
オレにはどうにもできない。
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