火種(2)ーうちの子傷物にされたら責任は取らすべし
「あー、ありがと。秋葉、優しいねぇ」
「中身使え」
冷えたペットボトルをそのまま頬に押し付けている忍。
冷えているのは副産物だが、結果として良かったらしい。
そのまま、仕事先に向かうことになる。
「お前、あの人挑発してたの? ふつういきなり叩かれたらそれについてまず反論しない?」
「挑発したつもりはない。腹に据えかねたものは確かにあったから、結果挑発になったけど」
「……」
言葉の意味を考える。
……忍からは何も攻撃的なことはしていない。まして、武力のない市民に警察が手を上げるなんてもってのほかだ。
しかし、それでメリットがあったかといえば……
「痛い思いしただけだろ」
「これ、あざになるよね。となり歩いている彼氏みたいな人からDV受けてるの? みたいなことになるよね」
「……となり歩いてる彼氏みたいな人って誰」
とりあえず、今の第一候補はオレだろう。
ともかく、世間一般的には男ではなく女の方に傷ができていることは注目の要素だ。
……私服でなくてよかった。
「司くんの言う通りだな。霊装が格上でもあれはまずい。精神的に未熟すぎる。手が早すぎる」
「達観しているようなこと言ってる場合か。どうすんだそれ」
「彼女、葉月って名前かわいいけど、学名はたぶん、違うよね」
「……確かにゴリラ並みの力なんだろうけどさ……」
オレの中で小柄なかわいい外見が、特殊部隊の制服だけ残してゴリラに変貌する。
いやいやいや、さすがに失礼だろう。
「ゴリラに失礼だろう、秋葉。ゴリラは学名ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ……どこまで言ってもゴリラなんだよ!」
「すごい驚きの学名だけど、失礼なのゴリラなのな。お前の脳内の当符号は ゴリラ>葉月になってんだな」
「でも人間てゴリラとかチンパンジーの系譜だっていうから……あながち間違いでもない」
「何の話?」
いつものやり取りに戻って、ダンタリオンの公館の門を抜ける。
人目のない庭まで来ても忍の頬からペットボトルははずれない。
というか、人目を気にしているわけではないので今日はずっとこのままだろう。
「でもゴリラって握力すごいだけで、温和らしいね。チンパンジーが一番凶暴らしいよ。人間と一緒で」
「お前……類人猿嫌いな理由って、そういうことなの?」
「人間に近すぎるよね。もっと人間離れした動物が好きだな。ドラゴンとか」
それ、動物じゃなくて架空生物な。
魔界とかほかの神界とか繋がった時点で、架空じゃないみたいだけど。
そんなふうに相変わらず散らかった話をしながら、ダンタリオンの待つ部屋に入る。
「………シノブ、それ、どうしたんだ?」
当然のように、一番に聞かれた。
当然のように、ソファに腰掛けつつ、ため息をつく。
「学名ゴリラ・ゴリラ・ゴリラに襲われました」
「いや、ゴリラに失礼って言ったのお前だろ?」
「突然変異の奴だから。あんなに凶暴で手が早いゴリラたぶんいないから」
「マジで! 特殊部隊の奴とか出動してないの!?」
「……何真に受けてんだよ、その特殊部隊にやられたんだよ……」
そして、結局、オレが第三者視点で説明をすることになる。
その間に、ダンタリオンの執事が救急箱をもってきて、手当してくれた。
「なんつーやつがいるんだよ……そんな話、聞いたこともないぞ」
「それは司さんがそういう問題として、外まで公開してなかったからだろ」
「オレだったら主人に歯向かうとか、格の違いを見せつけた上で、後悔させるのが先だ」
「主人じゃないし。悪魔のやり方で人間組織は成り立たないの。逆にパワハラで訴えられるからな」
忍の左頬はすでに紫色に変色が始まっていて、しばらく人前に出せない感じになっている。
それも広範囲だ。
……当の本人は、ガーゼで隠せばいいと臭いものには蓋しとけくらいのテンションだったが……
「お前、それ痕になったらどうすんだ……」
「あざって後から広がるんだね、これは酷い。明日お岩さんみたいになってたらさすがにどうしよう」
鏡を見せられて、事の重大さに気付いた模様。
幸いと言っていいのか、被害は頬にのみとどまっている。今のところは。
「……でも仮にも特殊部隊だし、狙いは正確か。頬だけ隠せば済むならまぁ……」
「よくないだろ、そこまでくると傷害だよ。警察沙汰だよ」
「それをやったのが警察だろう。許せん」
どこかに電話をかけ始めるダンタリオン。
「?」
相手が出た気配と同時に話し出す。
「第三部隊で間違いないか? 特殊部隊のヤツがうちの子に傷つけてくれたみたいなんだけど、どう……」
「待てーーー!!!」
がちゃん。
ツー、ツー、ツー
オレはワイヤレスの本体の方のフックを叩いて止めた。
「ややこしくしてどうするんだよ! なんでこういう時にお前が出てくんの!?」
「というか、今のタイミングで受話器落とすようなことする方が、ややこしくなったのでは」
特殊部隊のヤツがうちの子に傷を……
男性99パーセントの職場で、まさか残りの1パーセントが犯人だとは思うまい。
今頃、特殊部隊、第三班の事務所は静まり返ってしまっているかもしれない。
「お前どこにかけたの!? ふつうに代表の方か!?」
「部隊員の詰所直通」
「なんでそんな番号知ってんだよ!」
誤解を解くべく、忍が電話をかけなおしている。
『は、はい』
今のやり取りの直後のせいだろう。電話の向こうから動揺が伝わってくる。
……特殊部隊員をそんなに簡単に動揺させるとか、言葉の力は神魔より恐ろしい。
「すみません、さっきの誤爆です。言い方間違えただけなので、動揺しないでください」
「そこは気を使わなくていいんだよ! 最初の問題を訂正して!」
『あ、あの。失礼ですがどちらさまでしょうか』
あちらから丁寧に質問が返ってきた。
「……言わないとだめですか」
「言いたくないのわかるけど! 逆にややこしくなるだろ!?」
「だって、傷といえば傷だしこれ、そういえばどこまで話したら……」
ガチャン。
オレは二度目の強制終了をかける。
電話越しに今の会話はしっかり、聞こえていただろう。
まったく無関係な男性隊員たちが、ご愁傷様な感じになっているのは目に見えている。
「お前まで何やってんの!? これはオレを動揺させるゲームか何かなの!? オレが何か試練を受けてんのか!」
「秋葉……名前出したら、当の本人に話が伝わるでしょ。チクるとかなしだよ。被害が拡大しかねない」
「あ、そうか……確かにあの性格じゃ……」
司さんの方まで逆恨みの余波が行きかねない勢いだ。
忍は初めからこんな目にあっても誰かに話すつもりはなかったようだ。
……初めに知られたのがダンタリオンだったのがまずかったのか。
「じゃあ、オレがボイスチェンジャーしてかけなおしてやろうか」
「……姿を変えられる時点でそれも確かに可能ですね。新しい可能性が」
「いらん能力発揮するな。どっちにしてもこのままってわけにはいかないだろ。……ちゃんと言葉を選んでから正しく解決!」
とはいうものの、すでに割とこじれているので名乗らないで説明するのはどうしたものか。
しかし、名乗ったら終わった感もあるわけで。
トゥルルルル
「!」
電話が鳴った。
「なにこれ、どういうタイミングなの? 私リカちゃんみたいなのが来る気分なんだけど!」
「公爵あての内線でしょう? ……部屋出てた方がいいですか」
「いや? 打ち合わせ中は緊急以外回すなって言ってあるんだけどな」
ここに来てから、打ち合わせなんて何もしていない件について。
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