4.火種(1)ー捻じれた皮肉
ばったりと。
街角でオレたちは会った。
これが先日みたいに忍とか司さんならよかったのにな。
トップシークレットを聞かされてから固定、みたいな感じで無指名でも派遣されてくる忍と一緒の時。
会ったのは、本須賀葉月だった。
「おはようございます。今日はお二人なんですね」
「お、おはようございます」
先日の司さんへの態度っぷりと話から、思わず引き気味になるオレ。
「そういう本須賀さんは一人なんですね」
「葉月でいいですよ、忍さん。大変ですね、特に何が特別というわけでないのに、近江さんみたいな有名人といつも組むなんて」
オレに刃先が回ってキターーーーー!!?
どういうこと!?
オレ何もしてないけど。
ていうか、まともに顔合わせたことすらないけど!?
そんなオレの心中を察したかのように、……ではないだろう。本須賀はオレの方を向いて言った。
「『初めの接触者』。一番初めに神魔と接触(コンタクト)して、それだけで特別扱いされてるんですよね。……近江さんも色々大変でしょ」
何それ、事実だけどすごい腹立つ言い方なんですけど。
「葉月さん、それ、秋葉自身が一番思ってることだから……」
「そうなんですか? 有名なダンタリオン公爵とかアパーム様とか、すごくひいきされてるって聞いてますけど……大変だけど、特権じゃないですか」
…………。
「秋葉の心中を代弁すると『あんなヤローのひいきとか、熨斗つけてくれてやるよ!』みたいな」
心中ですら、思っても言葉にならんかったわ。
忍、グッジョブだ。
「……! 公爵をあんなヤローなんて……そんなこと普通の人は言えないですよ!?」
「言ってないから。心の中の話だから」
もーやだこの子。
どれだけ人の傷えぐれば気が済むの? Sっ子なの?
……ただの、ヤな奴なんだろうけど。
「と、とにかく特別って意味だと葉月さん?も、霊装とか、すごいんだろ? 腕もたつって聞いてるし」
「誰から聞いたんですか」
「え? いや、ふつうに司さん、腕褒めてたけど」
「……」
なぜか黙り込まれた。
一瞬だけだが。
人を馬鹿にしたようにしか見えなくなってきた最初の笑顔も消えていた。
「褒められるくらいなら、もっと活かしてほしかったですね。ほかのみんなが言う程の上官じゃないですよ」
「……そういうことは、仲間内でいったらどうかな。他人に悪意を振りまくような発言は控えた方がいいと思う」
忍がすこぶるまともな言葉を選んで言った。
少し間があって、答えはこうだ。
「あぁ、なんだかんだ言って忍さんも近江さんと白上隊長と組んで長いですもんね。かばいたい気持ちはわかりますけど、内部の事情は外部の理想とは違いますよ」
すっげぇわかるわ。
こんな爆弾抱えて、司さんよく一度も愚痴らなかったなとオレは完全同意したい。
「だからことさら、客観的な外の人間に、内部の感情論をぶちまけるのはどうかという話」
「……感情論、に聞こえます?」
「そう聞こえる時点で見苦しいから、自分にも所属組織にも、何の得にもならないですよ。せっかく褒められてるのに」
呆れたような忍のため息。
これは挑発とかでなく、心の底から呆れているんだろう。
しかし、本須賀の方は、表情が目に見えて変わっていた。
一方的ながら、一触即発状態なのはオレにもわかるくらいだ。
「いや、もういいだろ? 葉月さん、腕を買われているのはほんとだし、今は南さんの下でうまく動いているって話だし、それでいいでしょ?」
「なんですか、それ。白上さんの下じゃうまく動けてなかったってことですか」
……自分でさっき、言ったよね。
どうしよう、めんどくさいやつだ。
「葉月さん、秋葉は言葉を選んで皮肉を言うほど酷い人間じゃないから。受け取る方がひねくれてると言葉の意味が変わりますよ」
「! どういう意味ですか」
ちょ、忍、やめろ。
お前は女の闘いに参入するような人間じゃないだろう!
相変わらず、表情は動いていない、口調もフラットだが忍はオレより頭が回る分、倍速で感情も取り込んでいるはずだ。
それを抑えるか、どう出力するかを選べるくらいの理性があるが、すごいところなわけで。
むしろ、表情が完全に消えている。
忍の場合、割と本気で怒っているときが、こうなることをオレは知っている。
「どう言っても、つまり、あなたは特別に優遇されないと気が済まないだけでしょう。だからどこに行っても不満しかない。結局、今の立場が霊装が格上だからというだけ、なんて意味では、全員同じじゃないんですか」
ここでいう全員というのは、本須賀自身がターゲットに挙げたオレたちみんなひっくるめてという意味だろう。
そんな肩書要らないと思っているオレにはよくわかるし、腹も立たない。
だが、こいつは違うようだった。
「……!」
「霊装のデータを見ましたけど、それ、白上さんのものより能力的には格上ですよね。親和性も高い。なのに、彼に適わないって結局、自分の腕が足りていない証拠じゃ……」
そして、オレは信じがたい光景を目にする羽目になる。
つかつかと距離を詰めた本須賀は、止める間もなく忍の頬を無言で打っていた。
パァン! と響きすぎる音に、立ち止まる周囲の通行人たち。
「ちょっと待って! それはダメでしょう! 葉月さん、場所も考えてくださいよ!」
「侮辱するからです。当然の報いです」
「……」
忍は打たれた左頬を抑えて、瞳を閉じて黙している。
「忍、大丈夫か!?」
「……すっごい痛い」
うん、そうだな。ものすごく痛そうな音がしたし。
オレの知っている漫画的展開だと、直後に言い合いが始まったりするのが鉄板だが、忍にその気はないらしい。
はぁ、とため息をついて頬に手を当てたまま、目を開けて顔を上げる。
「葉月さん、仮にも市民を守る立場の人間が、先に手を出すようなことをしたらダメですよ」
「守る人間と、守らなくていい人間くらいの区別はつきます」
……絶対に言ってはいけないことを言った。
それは仕事ではなく、自分の理屈で、感情論でしかない。
そして忍の顔を見て、本当は端から相手にする気はないのだということを何となく察した。
「別にいいんですけど……仲間くらいは守ってくださいよ」
「言われなくても、何の力も持たない情報部の人より守ってますから」
そしてくるりと踵を返して、歩道を歩く人たちをすり抜けるように、早足で去っていった。
「お前……大丈夫?」
「大丈夫じゃない。あの人、強化解かないで打ってきた。顔面骨折するかと思った」
それでも加減したんだろうか。
本気で殴られたら、体ごと吹っ飛んでいてもいい気もするが……
本気にしか見えなかった。
「なんつー酷い性格だよ。手も早いとか、ホントやばいレベルだろ」
「ちょっと適当に店入っていい? 水で冷やしたい」
と、忍はハンカチを取るために頬から手を離したが、早くも赤くなって腫れ上がり始めている。
男が女にこういうことをすると侮蔑のまなざしで見られそうだが、ある意味、一般男性より力のある女子に殴られたのだから、ここから大変なことになりそうだ。
「いいけど、自販機で水買った方が早いだろ。ちょっと待ってろ」
おかしなものだが、無料で口に入るそれが今時はどこの自販機にも一本は入っているものだ。
すぐ近くの自販機で買ったペットボトルを忍に渡した。
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