2.エシェルの真意(1)ーブレないテレ東伝説

と、いっても、社会的な論争や、一部の人達の間では事後処理が続いている。


「日本人はヒマだな。一回事件が起こるといつまでも同じニュースをやっている」

「そういう時はテレ東にするといいんじゃね? あそこいつも単独で通常放送してるよな」


これはテレ東……テレビ東京の放送圏内においては割と有名だ。

どんな災害が起こっても、他局がすべて同じ特番をひたすら垂れ流し続けていても、テレ東だけはアニメだのなんでも鑑〇団だの、番組編成が変わらない。


スマホの普及でテレビを見る機会が減って来たとはいえ、忍のように繰り返しにうんざりしてきそうな人達はみんなそっちに切り替えるんじゃないだろうか。


「そっか。あのブレない放送局はテレ東か。そういえば、テレ東伝説って聞いたことあるな」


……忍の脳内の引き出しを一つ開けてしまった模様。


「伝説っていうほどか?」

「すっごい昔からそんな姿勢を貫いているらしく、世界的に有名なパンデミック映画でもそれ、ネタに使われてたとか。思い出してきた」


完全に引き出しから忍はその記録を取り出した。


「『テレビ東京が特番を放送するのは地球滅亡の時』とも言われてたっけ」

「……この間のアレは、下手したら人類滅亡なんだけど」

「どっちにしてもテレビあんまり見ないし、テレ東の系列が入っていない県民の皆様にはあんまり関係ない話だよね」


視聴権でチャンネルを選択できないという意味では、テレ東が入っていない県民の皆様の方が、かわいそうな気もする。

うんざりしても、逃げ場がない。


「司さんはしばらくは忙しいだろうなぁ。……外交の指名、外しといたほうがいいかな」

「情報は欲しい。浅井さんあたりとか来てくれないだろうか」


そうだな、お前さりげなく日常会話内で司さんと情報交換してるよな。

オレにとっては日常会話でも、忍にとっては貴重な話相手でもあるらしい。


「浅井さんも忙しいんじゃ?」

「中間管理職に息抜きは必要だと思うんだ。……御岳さんや橘さんあたりも気になると言えば気になるんだけど」

「御岳さんはやめとかないか? 一応隊長だし」


やめとかないかといった理由は、なんとなく一番ヒマそうなダンタリオンのところへ連れて行ったらおかしな関係が築かれてしまいそうだからと思ったからだ。

それにあの人、息抜きとかあんまり必要ないタイプな気がする。


「じゃあシスターバードック」

「確かに護衛になるだろうけど……! ある意味対ダンタリオンにしかならねーよ!」


護衛どころか大変なことにしかならないのは目に見えている。

大体、教会関係者を魔界関係者の元にしょっちゅう連れていく羽目になるのは普通に考えておかしい。


「お前、何か面白いことが起きてほしいと思ってない?」

「最近、気を張り続けるようなことが続いていたからね。森ちゃんもまだ病院だし、なんか面白いことない?」

「否定しろ」


そんなわけで、その先しばらくエシェルのところに気晴らしに行くことが増えたりするわけだが……


「ところで、エシェルのとこに行ったとき」


そんな話に至って、思い出したように忍が言った。


「私たちは聞き出すつもりはなかったけど、自分から色々話してきたね」

「うん、オレもそういうつもりじゃないから、どうしようかと思ったよ」


人類抹殺のほう助なんて命じられてたらどうしていただろうかと思う。

……それは、さすがにかばいきれないわけで。

結果オーライでよかった、いろんな意味で。


「エシェルから話したがってるようなところはあったよね。話題を変えようとしても乗ってこなかった」


あ、チョコの話とかあの辺か。

あれは素でブラしてるわけじゃなく、エシェルの気持ちを確かめてたんだな。

全部、計算づくとかじゃなくて忍のことだから、半分はふつうに本気の疑問だったんだろうが。

もらった帝国ホテルのチョコは、コンビニで買うものとは比べ物にならないビターさだった。


「話すべきことは話しておかないと気持ちが悪い、っていうのはなんかわかるな。エシェルってそういうところ頑固っぽい」

「頑固とか。本人聞いたら怒るよ。他に言い方ないの」

「……」


頭が固い、は頑固より露骨な感じで違う気がするし、意固地というのもしっくりこない。

真面目、几帳面、そう来たら頑固でいいだろもう。


「天才はわかるけど、理論的な方だな。お前とはまた違う頭の使い方だ」

「秋葉、私は天才ではない」

「お前自分が凡才だと思ってんの?」

「ふつうくらいじゃない?」


普通でない人間は、大体自分を普通と思っている法則。

もっともそれを他人と比べてどうの言ってきたりするわけじゃないから、そのあたりは全く無害だ。


「人には向き不向きがあるんだよ。とにかく、エシェルは自分の意志でこの国にとどまることを選んだ、ってことはあの時よくわかった」

「それは、役割がそういうのだからだろ?」


人の中にいて、人を見る。見続ける。

これまで、そうして人の中にいたのだと、以前聞いていたはずだ。

しかし、忍はその些細な言葉の違いに気づいていたらしい。


「連絡、取らなかったって言った。『取れなかった』じゃないんだ」

「!」


忍がはじめに二つの質問をした、その時だろう。

思い返してみるが確かにエシェルは取れない、でなく取らないと言っていたかもしれない。

それはつまり……


「自分から繋ぎを取っていないんだよ。どうしてかな」

「どうしてって……」


そういわれると。

しかし、忍はもうそれにおおよその検討を付けているようだ。

オレが考えはじめるより前に、続けた。


「もしも、外と繋がった時に連絡を取っていたら……一人残っていた天使に、どんな対応が下ると思う?」


具体的な質問になったので、今度こそ考える。

普通に考えて、あの状況ではそのまま静観しろ、はない気がする。


帰れ。

か、

静観ではなく監視、あるいは内部からの結界の切り崩し、だとかもっと天使にとって有利になる役に切り替わる可能性の方がずっと高い。


むしろ、オレたちを利用して、一人では知りえない情報を引き出すことも可能なわけで。


「……エシェルは、自分の意志で連絡も取らなかった……? 役割っていうのを変えないために?」

「全くコンタクトしていないこと自体が、おかしい。秋葉だったらどうする? 全然知らない国に放り込まれて、そこから帰ることもできなくて、たまたま日本人の大使を近くに見つけたら」

「死ぬ気で助けを求める」

「でしょう?」


死ぬ気かどうかはわからないが、例えはいい得て妙だ。

役を持ったまま、その先で動けなくなり、連絡すらままならないため「役割」を続けていたエシェル。


それは他に確認しようがなかったから、それを続けることを選んだ、といったもいいだろう。


けれど今回は、確認くらいはできたはずだ。

そして、確認をしたならば、この国に残るにしてもほぼ確実に、その役割は変わっていただろう。


忍の3つの質問に対する答え。

それは、エシェルは自らの意志でここにとどまることを選んだことを示唆していた。


「……エシェルがどんな階級にいるのかはわからないけど……少なくとも、私たちの敵じゃない」

「でも、司さんにも増々話しづらくなったな。森さんはあんな状態だし、知ったらきっと……ん?」


その時、くいっと袖を引かれた気がして振り返る。

と、そこには不知火がいた。

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