EP17.約束
エシェルの頼み事。
それは、オレにしてみたらとんでもないことだった。
「……できるか?」
「できるか? っていうか、エシェルがそういうからにはやらないと困ることなんだろ?」
本当にとんでもない。普段のオレなら口で断るだけでなく、実際「無理」な相談だ。
けど。
「……君はやっぱりお人好しだ。もしも天使に利があることだったらどうするんだ」
手枷をつけられ投獄されたその姿に同情した、とは言わない。
ただ、もうここには来られない。これが最後になるかと思うとその頼みは無下に断れるはずもなかった。
オレは暗にそれを引き受ける言葉を、内心不安だらけになりながらも紡ぎ続ける。
「そこは信用するよ。ただ、それを裏切るような真似はされたくないから、それだけ言っとく」
「忍に似たようなことを言うようになったね」
「……そうか? 別にプレッシャーはかけてないと思うんだけど」
言われてみればそうかもしれない。相手に多少なりとも罪悪感があるなら、そう言われれば信用を裏切るような真似はし辛くなるものだ。
けれど、そんなことはエシェルにとって意味のないことなんだろう。天界からの命令が一つ下れば、裏切るも何もない。それに従うのが「天使」という存在なのだから。
「それより、依頼内容が君には重すぎると思ったんだけど、そんなに簡単に引き受けてくれると思ってなかった」
「それ、酷いな」
なぜだか肩の荷が下りたかのような気分だ。その一言に、オレはつい苦笑する。けど、その通りだ。確かに無理なんだ。だから。
「オレ、諦めるの早いんだよ。無理っていうのが無理な感じがするから、引き受ける」
その時には、何か吹っ切れたような、どこか、大分前に覚えのある感覚にもなっていた。
そう、これは諦めだ。無理なんて言えない。だから諦めて引きうける。きっと、そういうことなんだろう。
「……大丈夫か」
「それどういう意味の心配? 心配するような相手に頼んでいいことなの?」
素直なオレの感想。エシェル、頼みたいのか頼みたくないのか、どっちだ。
「いや、違うよ。ただ友人の身を案じているだけさ。……たぶんね」
「たぶん」
「そうでなかった時、そう言っておけばショックが小さいだろう?」
「……頭いいやつって考えすぎだよな。それって自分がショックを受けるってことだろ?」
「……」
オレの何気ない一言は、無意識の発言。もしかしたらそれは図星だったのかもしれない。
一瞬だけエシェルは、表情を消して、黙す。
本当に一瞬だけだ。次の瞬間には、なぜだか小さくため息をつかれた。
「うまくできるかどうか、初めてのお使いに出す両親の気分だ……」
「そういうことなの!? 表現柔らかくなっただけで何も変わって無くない!?」
「違うだろう。信頼はしている。問題は、うまくできないかもしれない……という心配で」
あたたかい心配なのはわかったよ。
よくわからないけど。
「じゃあ安心する要素ひとつ教えとく」
「?」
「オレもな、今気づいたんだけど人にもの頼むのうまいんだ。正しく言うと『頼みをきいてくれる人にしか頼まない』か?」
それは。
本当にたった今、気づいたことだった。
こんな話をしていて新しく気付くこともある。それは今に限らずいつだってそうなのかもしれないけれど。
「これでも常日頃から独り言漏らして助けてーって言ってるわけじゃないんだぞ? で、本当に困った時、泣きついてみると断れれることがほとんどない。それって人を見る目がすっごいあるってことだよな」
周りの人に恵まれてるってことなんだろうけど。
それでも確かに、世の中には誰かしらに聞こえれば助けてもらえるという前提の、甘ったれた独り言を言っている奴は意外と多い。
とは、前に忍から聞いたことだが、そういわれて改めて見回してみれば、確かに独り言のほとんどが実は独り言ではなく「誰かに向けられた」ものだった。
オレは、そういう意味では独り言を言わない。頼る相手が明確だ。
いや、誇れることじゃないけど。
「だから、絶対にうまく出来ると思う。とりあえず、キミカズは巻き込んでおく」
「……そうか。じゃあ、僕も任せて時機を待つとしよう。それから」
珍しくエシェルの方から折れたような微笑が返って来ていた。続ける。
「僕も約束をしよう。その暁には、君にその恩を返す」
「いや、恩とか大げさだから」
「じゃあ借りは返す」
「そうだな、その方がエシェルらしいと思うよ」
「どういう意味なんだ」
そんな話をしながら。
大天使、とは思えない。頼まれた内容(こと)の重さも感じない。いつもの空気で会話を終えて……
「じゃあまた」
オレはまるで、明日にでも会うような挨拶を交わして、忍の後を追った。
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