終わる世界と狭間の僕ら

序.おわりの はじまり(1)

メギドの丘は聖地じゃない

法と混沌が共存する、この国になるだろう


すべての神と魔の瞳が向いたとき それがすべての終わりの始まり……





暗くなってきた部屋の中、暮色の薄くなってきた闇を背に、誰かが言った。


「もう、すでに終わりは始まっていたのさ。君がこの国にやって来た時からね」

「それはお前が見た『未来』か? それともただの回想か」


陽が落ちるのが早くなった。日没。その後に人が抱くのは安らぎか恐れかーー


「ただの感想だよ。そんなことは君にだってわかっていたろうに」

「……」


淡い群青、あるいは紺。わずかな光の残滓が西の空に透明な彩の拍車をかけている。それもまもなく消えるだろう。昼と夜の入れ替わるその境界は、まるで今のこの国を象徴するように曖昧で、まじりあっている。


「いつか終わるのが『日常』なのか、それとも変わらないのがそれなのか。君はどっちだと思う?」

「さぁな」


ひどく哲学的な問いを投げかけられるが、それを得手とする悪魔は答えなかった。


いずれ…

結果がどうあれ「それ」は一旦終わる。もう、その刻だ。


「そもそも日常ってなんなんだ。オレから言わせれば……」


金の瞳をした悪魔は、すっかり闇色に覆われ始めた空を背に、嘲るような笑みを口の端に湛えて顔を上げた。


「何も起こらない方が『非日常』なんだよ」


日常なんて、何かが起こることが当たり前だ。だから、何も起こらないのは「異常」なのだと悪魔は微笑う。

そしてまた、ふぅん? とさしたる感慨もなくその疑問を投げかけた彼もまた、少しの笑みを浮かべながら窓の外に広がる空を見る。


昏い空。

けれど、街の灯が強く、広大な敷地の向こうは薄暮だ。

地上からの光が、天上のそれより強い時間がやってくる。


「彼らはこの景色を、どんな気分で見下ろしているんだろうね」


光をもたらす者たちは昏い空の上から、この明るい地上を今もただ、取り巻き見下ろしているのだろう。

滑稽だ、と呟いた彼は、音もなく部屋を後にした。


部屋の主もまた。

灯りを灯すこともなく、静かな笑みを浮かべ、ただ闇に沈むもうすっかり馴染んだ部屋の静けさに身を委ねる。

まるで最高級の音楽でも聴いているかのように、ゆっくりと。ひどく機嫌のいい様子で。




 * * *



数日後、都内某所。


「君は今、何を見ている? ……何を考えている」


そのさして高くもないビルの屋上にはふたつの影がある。

高くはないが、低くもなく、だからこそ戦況を見渡すのには絶好の場所でもあった。


影の一つが、そう聞いた。

術師の装束の幅広の袖が風を孕んで大きく揺れる。


方や、問われた影は、金の髪を絶え間なく、風に揺らしていた。


「何も。ただ、僕は眺めるだけだ」

「そこに、君の見知った姿があっても?」

「それはエシェル・シエークルの見知った人間であって、僕の友人ではない」


それを聞いた、装束をまとった人物がくすりと笑った。


「それでも『友人』というんだね」

「……」


金の髪の華奢な姿をした青年は答えない。


「僕は? エシェルの友人ではないのかな」

「どうだろうな。君は、大使館に来て年中ゴロゴロゴロゴロするだけの、よくわからない人間だった」

「大使館に『来て』」

「……今日はずいぶん、揚げ足を取るな」

「取られる君が、珍しい」


そしてようやく、顔を合わせる。

伏見仁一ふしみきみかず、そしてエシェル・シエークル。

どちらも、偽名を持ち、どちらも、もう一つの姿と役割を持った存在だった。


「逆に聞くけれど」


『エシェル』が聞いた。


「君には何が見えている?」


キミカズは少しだけ、その問いに考えたようだった。


「境界」

「境界?」


ここは、ただの街中だ。

戦場になる場所ではあっても、片側三車線の大通りには、それ以外の何もひかれてはいない。


「そう境界。ここは境界線になる。人と、神魔と君の……いや、『ウリエル』の、天使たちの世界の」

「一堂に会するという意味では、間違ってはいないね」


そういってエシェルは眼下にもう一度視線を馳せた。


「そして、世界の真ん中でもある」

「それだけの世界の境界が集まれば、まぁそうなるのかな」


どこか楽しそうに『清明』とは思えない動作でキミカズは柵に腕を乗せて体を預ける。まるで身を乗り出すように。

吹き上げる風が、彼の前髪を強く揺らした。


「僕たちは、真ん中にいるのが嫌で端に向かって歩いていたら、いつの間にか他の世界との境界にやってきた」

「僕は違うよ。確かに人間と天使の間にはいたけども」

「けど辿り着いた先はここだろう? ここは、世界の端っこだ。それぞれの世界の。つまりそれは、それぞれにつながる場所でもあるということ」

「何が言いたいんだ」


わかっていながら、聞く。

少し未来の目の前には人と神、魔と天使。


ここが世界の真ん中だ。すべての世界の境界が集まる、その接点。


「僕は彼に、ここに連れてきてもらったんだなと思っただけだよ」


そういって、キミカズは眼下の一角を指し示した。

そこには、秋葉の姿がある。


近江秋葉。


始めの接触者。


偶然とはいえ、神魔と人をつないだ者。

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