2.ダンタリオンとアスタロトさん ‐立ち話の謎‐(前編)

「オレ前から思ってたんだけど……」


それは素朴な疑問だった。


「アスタロトさんて、あんまりソファに座らないよな」


本当にどうでもいい疑問だ。

疑問というか、解決しなくても全く何の支障もない、ただの思い付きといってもいいだろう。


しかし、それには忍も気づいていたらしい。


「私たちは仕事で来てるけど、アスタロトさんはそうじゃないからじゃない?」

「確かに同席するような事態はいままで、それほどなかった」


司さんも続く。

初めての時は、アガレスさんも一緒だったし、他の応接室でテーブルを囲んで、という感じだったので執務室のソファで、みたいな距離感ではなかった気がする。


……そういえばダンタリオンの机に腰かけてたとか、そういうこともあった気が……

この間もたまたま忍と行き違いになってた時は、紅茶片手に立ち話してたよな、などと思い出した。


「ソファが好きじゃないとか?」

「いや、普通に教習中は座ってますよ? 自習してるときはふつうにくつろいで本とか何か資料読んでますよ?」

「なんで敬語なの?」


召喚初心者は、割と放っておかれていることもあるようだ。

忍がなぜか敬語になっている。


「……思うに、ひょっとして公爵の隣に座りたくない?」

「!」


オレと司さん、心当たりありすぎて驚きつつも無言。

残念ながら、肯定する要素がないのと同じくらい、否定する要素はない。


「嫌いとかそういう問題じゃなくて、何かこう、距離感の問題って言うか」

「確かに、あいつが座ってるときは絶対隣に座らない気がする。気のせいかもだけど」

「この間、俺たちに説明が必要だった時は正面に座っていただろう」

「その時、公爵は?」


忍の的確な状況把握からの質問。


「「自分のデスクに座ってた」」


デスクに座るという日本語はおかしいが、医者に行く、と同意で意味は通じる不思議な言葉だ。

きっと(かっこ)書きで何かが省略されていることをみんな自動的に判別するからだろう。


そんなことはどうでもいい。


「そういえばそうだ。ていうか、むしろあいつもアスタロトさんが座ってる隣にわざわざ座らない」

「あの時は公爵が後から来たわけだけど……やっぱり人間相手に魔界の公爵二人並ぶって、不自然な感じなんだろうか」


どうでもいい疑問がどんどん肥大していく瞬間。


「まぁ恐れ多いってことなのか? ……オレたちの方が」


気にもかけていない。


「アガレスさんたちの時みたいにみんなでテーブル囲んでお茶とかは問題ない気がするんだよ。でもやっぱり、微妙な感じはする」


忍が二人の立場に立って考え始めたらしい。


「ちなみに司くん、公爵に隣に座れって言われたらどんな感じ?」

「座らない」


即答。


「それ、ちょっと違くないか」


主に質問の質が。


「仕事上というのもあるが、なんというか隣に居られると落ち着かない感じはする気がする」


立っている方がマシ、という感じも多分に伝わってくる。


「……慣れたポジションてありますもんね」


確かに、喫茶店などに寄ることがあっても、司さんとオレはあまり隣同士にはならない。

男同士で肩並べるのもとか考えているわけではないが、席の広さから三人だと自然とそうなるのかもしれない。

忍がケースバイケースで隣になったりならなかったりだ。


率直にオレはそれを忍に言ってみた。


「……本当は一人で座るの好きなんだけど、目の前に二人いられるより、一人の方が視覚的にすっきりしてるって言うか、負担が少ないって言うか」

「負担ってどういうことだよ!」

「情報量の問題だろう。秋葉、そこはスルーした方がいい」


そうですね、深い意味はないんだと思おう。


「そんなわけでアスタロトさん的にも落ち着く環境とそうでない環境があるってことでしょう」

「あー確かにな。納得だよ。隣にダンタリオンとかいて落ち着けっていう方が無理だし」

「なんだ、何の話だ?」


ダンタリオンが現れた!

ダンタリオンは笑顔で秋葉の頭を鷲掴みにしている……!!


「……いてーよ」

「公爵的には隣にアスタロトさんが座るのってどんな感じです?」

「……何でそんな話になってんだ」


どこから聞いてたんだよ。

っていうか、多分最後のオレの都合悪いとこしか聞いてなかっただろ。


オレは頭を鷲掴みにされたままだ。

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