司くんと忍さんー小荷物お届けー(後編)
「司くんの何か便利そうな警察道具はないんですか」
「……その言い方、なんとかポケットみたいな感じだからやめてくれるか」
「だって特殊部隊の人、いろいろ持ってるから」
小型無線機、犯罪者の認証端末から始まり、夜だと暗視スコープだとかそれこそあまりお目にかかれないものも標準装備している話は聞いたことがある。
いずれも超小型で、多種多様な科学の粋を集めたような品々だ。
が、ほとんど使われないで済んでいるから実物は見たことない。
「まぁいいや。私も護身用の何かを持っているので、それを使おう」
ちょ、何する気?
ていうか護身用の何かって、何。
忍はごそごそと自分のベルトに着いた収納を漁っている。
「司くん、ちょっと照準が定まらないから解除求む」
ゴールはすぐそこ、後ろの何かもすぐそこ。
まだ先だが、民家の塀の上、左右から二人、白いコートの特殊部隊の人の姿が見えた。
司さんは最後の距離稼ぎと判断したのか、腕を緩めて、同時に前に見える二人に何か合図を送る。
その間に忍は、すぐ上体を捻ってそのまま司さんの肩口にしがみつくようにして態勢を変え、器用に司さんもそれを支え変える。
これが一瞬の出来事。
忍が司さんの肩越しに、何かを投げた。そんなに差し迫ったふうでもなかったので、軽く放られたそれは小さな真空管のようにも見えた。
「秋葉、前を見てろ!」
「え」
次の瞬間、音もなく背後から膨大な量の光が、一瞬だけ辺りを覆いつくす。
超小型の閃光弾か。
合図はそれを伝えたものだったのか、オレたちはそうしてそのまま逃げ切り、入れ替わりざま待ち受けていた特殊部隊の人達があっさりと、後ろにいたソレを確保した。
「随分クラシカルなものを使うんだな」
ようやく後ろを振り返って息を大きく吐きながらその姿を眺める。
……巨大な牛にしか見えないが、店先に見た姿は角の生えたヒトだった気がする。
「閃光弾はものを壊さずに、大抵の生き物に有効だから割と便利だと思う」
今度こそ地面に下ろされながら忍。
司さんに抱えられて逃げ回っていた時点で、危機感というものは飛んでいるっぽい。
「今度こういうことがあったら、秋葉優先していいよ。護衛の優先度も高いでしょ」
「いや、さすがに周りから見たら女の人差し置いて男が抱えられてるとか……」
「お姫様抱っこでいいから」
……。
むしろ、何もいいことない。
「笑えるだろうなぁ……そうか、秋葉はお姫様か」
「いや、それ両手使えなくなるから別の方法、選ぶぞ?」
「なんで秋葉は米俵方式で、私は小荷物扱いなの」
「米俵方式っておかしいだろ。わかりやすいけどおかしいだろ」
それに、それについてはさきほど結論が出たはずだ。
司さんは、忍をウェストだけで固定することにより、動きを封じるという隠れ技を持っていた。
「……小荷物扱いって言うかオレにはあの光景が思い浮かんだ」
「?」
つい、ぽつりと呟く。
オレの脳内の光景。それは
「親猫に吊るされる、子猫」
「……」
ぷらーん、みたいな感じであれ吊るされてるだろ。
動かないだろ。
親猫何事もないように運ぶだろ。
……それだよ。
「…………」
司さんがすごく複雑そうな顔になってしまっている。
すみません、どっちかというと忍に言ったんですけど。
当の本人の顔色は変わってない。
「あぁ、確かに」
変わってないどころか、納得したよ。
「確かに、動けないっていう意味では同じだよね。たぶん私の心境もその猫と同じなんだ。その態勢になったら動いても無駄だからじっとしてなさい、みたいな」
「まぁ……そういう意味ではあるのだけども」
司さん、ますます複雑そうな顔になっている。
「ちなみに森ちゃん相手だったら同じ持ち方する?」
もう抱えるから「持つ」になっちゃってるよ。
自分から小荷物扱い了承しちゃってるよ。
「……とりあえず、時と場合による」
うん、さすがに有無を言わさず小荷物扱いはちょっとないと思うわ。
たぶん、森さんなら、二度目くらいで諦めて同じ状態になるんだろうけど。
「白上隊長、ご無事ですか」
「見ての通りだ。回避経路上で損害は?」
「大通りのゴミ箱がなぎ倒されたくらいですね。お疲れ様です」
さすがというべきか、二人はさっさと捕縛したアレルギー患者をヒト型に戻して、意識がないまま「保護」に切り替え、去っていく。
「……本当に、お疲れ様です」
「それ、誰に言ってんの?」
「司くんかな」
誰がお疲れ様にしたわけ?
事実は不明のまま。
今日も、いつもの日常だった。
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