2.知らないことを知る者

「知能のない魑魅魍魎を従える我々よりも、契約相手としてはずっと神に近い存在と考えれば得心も行く」

「いや、なんかダンタリオンとか相手にしすぎててオレ、神様召喚とか言われる方が大ごとな感じがするんですが」

「確かに、悪魔と呼ばれる彼らの方が、人間にはより近いかもしれないね」


そういって遂にくすくすと声にして清明さんは笑う。


情報化社会に対応する魔界の公爵たち、与える能力は芸術、科学。

そんなことを知ってしまえば、自然色の強い「神様」たちより人間とは確かに近い。

そのフリーダムさすら、だ。


「もっとも、そのつもりで彼女が指輪を手にしたわけではないだろうし、結局ただの性分だとは思うけれど」


そう、微笑う。

相性や性格はどこで生来のものか後付けのものか線引きすべきか難しい。


しかし……あの指輪を使って召喚されたものは、力の制約の対象外だ。

危険はないのか、そもそも日本の結界の力を超えて開放できるのは、どういうことなのかとふと、疑問が生じ、オレは素直に疑問をぶつけてみた。


「そもそも日本の結界の力を超えて開放できるのは、そのルール上にいる人間だけです。各地の神魔に加えてこの国自身が手を加えている我々の結界は、そんなに甘くない」

「つまり、あくまで忍はルールに従って指輪を使ってるってことですか?」

「『そのルール』は私たちにも正直わからないところはあるんですけどね」

「えぇっ!?」


全く分からない話しだ。

しかし、術師の分野であるから、説明自体が難しいこともあるんだろう。

オレは深く追及するのをやめた。


そもそもそれぞれが何らかの方法で契約を乱立されては、混乱を招くだけ。

そのために講じられている何かであろうし、おそらく部外秘だろう。


蛇の道は蛇、だ。


「乱用されないためのルールはむしろ、指輪の所有権を持つ公爵たちにある。聞いたよ、はじめは君が召喚権を委ねられたって?」

「すみません、オレには手に余る。言い訳だけど、簡単に手に取れるものじゃないですよ」

「簡単に手にしなかったのは、その恐ろしさが分かるからだ。例えばよく切れる刀の刃。触れたら怪我をすると知らない人間は安易に近づくけど、危ないと思えば近寄らない」


あ、それ一木がそうだったやつだ。

オレはいつかの、そう、確か初めて一木と司さんが会った時のことを思い出した。


実例があるからものすごくわかりやすい……


「オレ、そんなたいそうな理由で手に取らなかったんですかね……」

「それが普通なんだよ。怖い、というのは色々な意味から感じられる感覚だけれど……人間のそういう一面を理解しているからこそ、アスタロト公爵は君に無理強いをしなかったんだろう?」


そうだった。あくまで選択権をオレにくれたんだ。

でもそれは、そこで選べなければ、結局「あれ」を使わせるにはふさわしくないということもあったんじゃないだろうか。

いずれにしても「手に余る」は後付けでも、そのまま「手にすべきではない」であるなら、間違ってもいなかったのではと思う。

それを理解したうえで、拒否したのならまだかっこもついたのかもしれないが……


「そんなに落ち込むことないよ。彼女だって恐れ知らずというわけではない。ただ、『理解』が先に立っただけだと思う」


知っていればこそ。刀の話もしかりだが『知らない故の恐ろしさ』もある。

そう続ける清明さん。


「知らないから怖い。世間一般的にはこっちの方が多いんだろうね。犯人が不明の事件が多発したり、新型ウィルスによるパンデミック。こういったものが起こると、人間は恐怖や不安を感じ、必ずしも冷静ではいられない。でも戸越さんは、たぶん『知らないから怖い』ことを知っているから、知ろうとする。そういう人なんだと思う」


正体不明のものにおびえるよりは、それを理解してしまった方が早い。

確かに、いかにもだとは思う。


「そして、その理解は神魔の存在にも及ぶ」

「その言い方、忍がすごい人みたいですけどあれ、ふつうに興味で性格だと思いますよ」

「そうだね、むかしから好奇心が旺盛だったんだろうね」


忍の子供時代……

大人しい女の子だった姿は、残念ながら想像できなかった。


「でも君が選ばれた理由も僕にはわかるよ」

「えぇ!?」

「秋葉くんは興味ないだろ? 中立な……というと聞こえはいいけど、興味のない人間が力を手にする分には悪用の危険はないと思うのは当然で」


興味がなさ過ぎて理解が及ばなかったのは、残念だったろう。


「お決まりの言葉で申し訳ないけど、力というのは、それ自体に善悪はない。使う人間が、どう使うかが問題なだけで。

その点で言うならば、戸越さんもある意味同じ。私欲のためには使わない。……というか、金や権力、肩書に固執する欲がない」


その通りだ。基本、他人にもあまり興味を示さない。

人・神・魔。

そのどれにも属していないというか、違いに固執しないというか。

地位や権力、派閥に関しては呆れるほどの欲のなさ……というより無関心さだ。


国家で例えるなら独立した永世中立国的な存在なんだろう。


「それが血脈によるものか、人としての性格によるかは線引きが難しいですけどね」


そして原点回帰。

清明さんが分からないならオレには無理だろう。

いずれ何かが変わるというわけでもなし。

気にもならない。


「秋葉くんは言霊、という言葉を知っていますか」


突然に、聞かれた。

聞いたことくらいはある。

知っている人間が多いのか少ないのかわからないくらいの言葉、程度の認識だ。

が、たぶん、みんなそうだ。

知っていても知らなくてもみんな、何かに名前を付けるときは少なからず願いや意味を込める。


「言葉に力が宿るっていうやつですか」

「そう。日本では割と大事にされてきたんだけどね」


海外でもそうだね、と言い直す。

特定の宗教圏であれば聖人の名前からつけられることは多々あることだという。


犬に対してポチ、が定番なのはよくわからない(はなさかじいさんか?)が、白い犬や猫にシロ、はよくあることだし子どもの名前であれば大抵は親は何らかの願いを込めるだろう。


……日本では単なるブームや趣味で名前を付けられた子供が、成長した時に裁判で自分の名前を変えるような時期もあったわけであるが。


「海外ではアナグラムと呼ばれていますが、文字の配列を変えて本来の意味を隠す、という方法もあります。例えば、ある呪文。配列を変えると神の名前になる、けれど名は秘めなければならない、といったように」

「すみません、コアすぎてついていけません」


あぁ、と話が専門的になりそうなところを修正してくれる。

これが忍なら理解しようと無意識に努めるのであろうが……


「日本語はわかりやすいですね。漢字がそのまま意味を表す」

「確かに」


それが一般的な認識だ。

元々、絵文字から来ているようなものだから意味は必ずあるわけで。


「だから面白いんですよね、クロスワード」

「いや、それ概ねカタカナですよね、清明さん趣味なんですか」

「あ、すみません。言葉をいじるのも職業病なのかもですね」


言葉遊びが好きな人間ってこういう感じなのか。

よく忍が難解な言葉遊びをふっかけてくることがあるのはそういう感じなのだろうか。

オレはすぐにギブアップするので、主に相手は司さんがしているが。


「それを考えると彼女の姓は『戸越』。面白いと思いませんか」

「?」

「『戸』を『越す』んですよ。戸というのは、つまり各家、部屋の境界のようなものでしょう?」

「!」


清明さんは笑っている。

ただの偶然だと言わんばかりに。

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