エピローグ
日常の最果てに(前編)
―お前に問おう
お前の見続けてきた人間は、滅びに値するものであったか?
誰かが、誰かに問うていた。
それは、天使が地上から消え、そして、その未来(さき)を決めるたったひとつの問いだった。
――私の見てきた人の子は……
誰かが答える。
それは、未来(さき)へ繋がるための、たった一つの答えだった。
* * *
-エピローグ-
オレたちは、久しぶりに揃って会った。
天使が消え、神魔たちが去り、街は急に静かになりすぎたように思えた。
それが数年前までは「普通」であったにもかかわらず。
見慣れてしまった者たちが、忽然と姿を見せなくなった。
おそらくは。
それぞれの「世界」に帰ったのだろうと思う。
天使たちが現れたことで酷く曖昧になっていた世界の境界も、今はもう戻っているのだとマスコミではあらゆる評論家たちが幾度となく議論していた。
それでもダンタリオンの話を思い出せば、相当むかしからこの国は保養地・休戦協定区域であったわけで、この国にも神魔は出入りしていたには違いない。
ただ、見えないというだけで。
だとすれば、今もあちこちに実は来ていたりするのだろう。
『アンダーヘブンズバー』
彼らのつながりの強かった場所へ、やってきてみた。
「うーん、やっぱりここも人が減ったね」
「人っていうか、神魔の常連がすごかったからな」
店内は閑散としている。
ほの暗い店内に溶けるように見える姿は、テーブルに数名、カウンターに一人だけだ。
「おや、お久しぶりですね。皆さん」
シェイカーを振っていたバーテンの桜塚さんが、入り口付近で足を止めて眺めていたオレたちに気づいて声をかけてきた。
「お久しぶりです。……なんだかここも寂しくなりましたね」
「ははは、元々そういう店ですから。僕的には静かなのもいいんですけどね」
店の一角では占い屋が、静かにタロットを切っている。
路地裏の、ネットにも載っていない小さな地下のバー。
確かに、雰囲気的にはこちらの方が合っているのかもしれない。
「カウンターでよろしいですか?」
せっかくだから桜塚さんとも話をしようと、オレと忍、司さん、森さんは並んで座る。
司さんがどう思っているのかはわからないが、オレ自身は「寂しい」なんて言葉が出て来る日が来ようとは思っていなかった。
けれど、元々人も減ってしまっていたし、そういうことなのかもしれない。
各国が動き出すまでは忙しく、神魔たちも見えないところでそれなりに手を貸してくれていたが、それも国々が動き出せば、人間の領分だ。
いつ、どこまで戻せるのかはわからないが、もうあれほどの人外の賑わいを見ることもないだろう。
その方が、人間の世界としては良いのかもしれないが。
「護所局もその内解散だよね。……何十年後か知らないけど」
「神魔がいることは実証されたことだし、いくらか機関は残るんじゃないか?」
「術士たちはむかしからひっそり存在していたわけだしね」
そんなことを話していると、頬づえをついておとなしく飲んでいた奥の先客が片手を上げた。
常連なのか、桜塚さんはそれを見ただけで、新しくカクテルを作り出す。
そして、それを客の手元に置いた。
「!!」
次の瞬間、それはドラマでしか見たことのない動きで、カウンターの上をすべると、目の前を通過していった。
素早い判断力で止めたのは司さんだ。
オレの反射神経では無理で、忍はおもわず避けた。
見切った辺りがさすがといえばさすがだが。
「……それくらいスマートに受け取れないとか、お前どんだけ鈍いの?」
グラスが流れてきた方を見る。
……ものすごく、見知った顔がそこにあった。
「おまっ……! なんでここにいるんだよ!」
ダンタリオンだった。
「なんでって……ここは、魔界とも縁の深い場所だしな」
「桜塚さん。このヒト未だに常連なんですか」
「……えぇ、皆さん来なくなってからもずっと」
お前はずっと日本に存在していたのか。
言いかけたが、客、という言葉に迷惑してるわけでもなさそうなので飲み込む。
忍はさすがに驚いた顔を、
司さんはそれが誰か知って、非常に呆れた顔をしている。
オレは呆れ通り越して、この通りだ。
「こいつがここにいるってことは、魔界のヒトも来られるんですよね!? 今の状況で強力な悪魔に来られて何かあったらどうするんですか!?」
「今、悪魔の利用は完全予約制だし」
「魔界からどうやって予約するんだろうね」
「ここ、専用回線ありそうで怖いわ」
各神魔の大使が引きあげてしまった以上、統率する存在も仲介もなく、神魔の観光者はもうほとんどいない。なぜ完全予約制にしたのかも謎だが、こいつがここにいるからにはそれがあってもおかしくなさそうだとは思う。
「護所局、なくなるのか?」
「お前みたいなやつがいる限り、縮小はあってもなくならないだろ。ってか、オレの質問にまず答えろ」
「なんだよ」
オレは初めの質問を繰り返す。
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