日常の最果てに(後編)
「『なんでここにいるんだ』」
「あぁ、公爵はこの店のパトロンというか、今はオーナーなんですよ」
「何ィ!!?」
帰れ。今すぐ帰れ。
言いたい気分で見やると、にやにやしている。
「人間界でビジネスやろうと思って。とりあえずヘブンズバーは趣味兼だけど、2号店も考えている。こういうところは情報が集めやすいし」
「桜塚さん……いいんですか」
いかがわしいチェーン店1号店になりそうな予感。
「僕は元々こういうところのオーナーなので」
いいらしい。
「他の国が復活したら、情報化社会もまた爆発的に戻るだろうしな。バーだけじゃなくてそっちの方面も考えててな」
「……何をもって、ビジネス参入? お金目的じゃないですよね」
「この国で過ごすの割と好きだし、保養目的の神魔相手にするのも面白そうだなと思ってんだよ」
「それは面白そうだ」
乗ってしまいそうな企画係がいる。
そうだった。
こいつは、ふつうに親日だし、余計なことに面白さを求めるタイプだ。
「神魔がいなくなったら特殊部隊がまっさきに縮小だろ? ツカサ、バーテンやらないか」
「……………」
返事はない。
多分、自分がバーテンをやっているところの想像がつかないんだろう。
うん、オレもみじんこほども想像できない。
「お前らも仕事に困ったら、声かけろよ~ ここに居ない時は桜塚に伝言でもいいぞ」
「困ってないけど、神魔のヒトたちがいなくなったら仕事がつまらなくなってきて……というか、外交もまっさきに縮小対象だと思うけど、秋葉、バイト斡旋してもらったら」
「なんてこと言うんだ……! 外交はふつうに考えて人間相手の旧体制に戻るだけだろ。……多分」
言いながら不安になってきた。
神魔ばかり相手にしていたせいか
ふつうの人間相手の外交って何やるの?
みたいな疑問が湧いてくる。
というか、経験者が戻れば済むだけの話なので……やばい。数年後の自分の未来が見えない。
「どうする? どうする?」
「う、ううううるさい!」
「秋葉、落ち着け。基本的に公務員はクビにならない」
そうだった。
きっとどこかしら、需要が増えるところに回されるだけの話だ。
司さんだって、ふつうに警官とか……というか、腕は確かだから、皇宮警察とか高難易度の道が逆にありかもしれない。
……だからといって、オレに高難易度の門戸が開かれる可能性があるわけじゃないんだが。
「忍はいいよなー 情報局はふつうにふつうの人間相手でも成り立つもんな」
「公爵、すごいへこみ方してるから、これ以上いじらないでください。人生が大きく変わるのは秋葉だけじゃないんだ」
「それな、人生において二度も社会丸ごと変わること自体がおかしいだろ? どうしろっていうんだ」
「今日はしんみり楽しく飲もうって話だったのに……」
忍の、微妙に矛盾した発言が一部の不満感を表現していた。
そうだな、オレ一人のためにみんなが楽しめないのはよくない。
というか、オレのためにじゃなくて、こいつが悪い。
「マスター。ショートカクテルの何かを、普通のグラスに作って秋葉にあげてください」
「忍、もう立ち直ったから大丈夫だ。そう、オレは悪くない」
「誰が悪いんだよ」
一斉に、視線が左手に向いた。
「オレは悪くないぞ!」
むしろちょっと不況になってしまう日本の経済を活性化させようと……!
とかなんとか、悪魔にあるまじき発言をしている。
「別に公爵が悪いとは言っていませんが」
「とりあえず、ちょっと街から賑わいが減って寂しいとか思った気持ちは返せ」
「へぇ~お前、そんなこと言ってたの。さんざん非日常を嘆いていたくせに」
「……っ!」
二の句もない。
「まぁいいや。いつ来るかなとは思ってたんだ。今日はおごってやるから、好きなもの頼め」
「わーい」
「それでオレの気持ちが取り返せるのか、微妙」
司さんは、さきほど思わず止めてしまったカクテルグラスを、まるで無関係を装うように眺めてからゆっくりと傾けた。
「とりあえず、大阪と沖縄と……旅行に行った先で気に入ったのは持ってきたから何かあったら言えよ?」
「お前、ここ何屋にするつもりなの?」
にわかに店内が明るくなったようだ。
マスターも、それをみてマイペースに静かな笑みを浮かべて、磨き込んだグラスに映るそれをみた。
見慣れた光景。
過ぎ去ったはずのその姿を。
人と神魔とそして天使と。
全てに繋がった世界は、それらを断ち切ることもなく……
まだまだ潰えそうにはなかった。
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