EX.始めの接触者×2(2)

「あれ、近江君じゃん」

「外交中?」


とここまでは普通の会話。

だが、にやにやとした笑い方がすでにもう嫌な感じだ。


「あぁ、迎えが渋滞で遅れてて……ちょっと待ち」

「へぇ、いいね。情報部からも書記とかついて来てくれるんだ。オレたちこれからそれぞれ外交回るんだけど」

「そう、おつかれ」

「さすが違うよなー、『始めの接触者』様は」


嫌味たらたらな言い方なのが、もうダダ洩れだ。

同じ言い方でもちょっとからかい半分なのと、本当に嫌らしいのは全く受ける印象が違う。

なんというか、聞いていて腹が底からもたれそうだ。


言うだけ言って、三人は去っていった。


「何あれ、腹立つ。男のくせに群れなきゃ何もできんのか」

「忍の厳しい査定が今は救いだ」

「ていうか、本須賀さんの時みたいに私、喧嘩売ってきていい? あの人たち、殴ってくれる? 殴られたら傷害罪で居なくなってくれると思うんだけど」

「いくらなんでも殴られないだろ。お前女だし。らしくないことになるからやめとけ」

「腹に据えかねる」


オレより怒っている感じだ。

なんだかんだ言って、本須賀の時みたいに自分のことでなく周りの人間のことで怒るのはお人好し。でも同時に、自分のことでもこんなふうに怒ってくれるのかとちょっと意外な感じもした。


「お前、怒ってんの?」

「個人的にああいう人達は嫌いなんだ。一撃くらわしてやりたい」


訂正。自分が腹立つ、みたいなところも一番に来てるっぽい。

それでも他人だったら、眉をしかめるくらいで済んでいるだろうから多少の思いやりはあると思いたい。

しかし、忍が一撃とか……さすがに物理的にくらわしたのは見たことがないから、心の問題であろう。


「オレだって最近あんまりしつこいから、オフィスにいる時にグーでデスク叩きつけてうっさい!黙れ!って言ってやりたくなったわ。他の人の手前、耐えたけど」

「秋葉もそれくらい来てるってわけね」

「この間、天使来た時何人か外交から特別に引き抜かれて外出ただろ? そういうのもあるみたいで」


やっかみ半分、ってとこか。めんどくさい。

それこそ熨斗つけて譲っていい役目なんだけど、なぜかやりたがる人間にはそんな役目は回ってこない。世の中には不思議な法則がある。


で。


ダンタリオンのところで雑談がてらそんな話をしたところ。


「……秋葉」

「ん?」

「そいつらまとめて三人連れてこい」


……。


どういう風の吹き回しかと思ったが、割と真顔だった。

真顔って言うか、表情消えてるって言うか。……どうした。


「連れてきてどうするんだ?」

「お前な……ちょっとは考えろ。お前が初めの接触者なんて呼ばれてる相手は誰だ? オレだよ」


考える間もなく答えた。せめてもう少し、間をくれ。


「そういえばそうですね」


とこれは忍。

何かこの時点で、ピンときた模様。


「秋葉は人間側の『初めの接触者』。公爵は神魔側の『初めの接触者』。つまり、公爵が選んだ相手がバカにされるってことは」

「オレがバカにされてるってことだ」


……断じて、オレのために怒っているわけではなく、自分の自尊心に傷がつけられたと認識した模様。

こいつはこういうやつだ。


「ついでに言うと、お前を狙って選んだわけじゃないからな。たまたま通りすがって話を聞いたのがお前だったんだからな」

「お前、自分で貶めて楽しいの? それじゃこだわる理由ないだろ」

「いいや、ある」


この時点で。

珍しく悪魔的な冷たい空気を垂れ流しているかと思ったら、一転。血管マークが浮いているように見えた。


「初めの接触者への冒涜。それはつまりオレ様へ喧嘩を売っているということだ!」


オレに様がついたぞ。

本当に怒ってるみたいだけど、


それ全部、自分のためだよな。


もういい、こいつは元々悪魔だ。

逆になんか、どうでもよくなってきた。


「とにかく三人まとめて連れてこい」

「オレそういう権限ないから。用があるなら指名して呼んでやってくれる?」

「いいだろう。オレのやり方にケチをつけるやつは痛い目に合ってもらう」


誰もケチ付けてないから。

お前には何も言ってないから。


しかし、あの三人には庇うべくもない態度取ってこられたので、本当にどうでもいい。

故に放っておく。


「公爵、何するんですか?」

「何って簡単だ。二度とコケにすることがないように灸を据えてやる。シノブは見学来るか?」

「何が起こるんだろう、ぜひ呼んでください」


ここは好奇心を発揮している場ではない。

まぁいいや。放っておこう(二度目)。



そして、オレ自身はなるべくそいつらとの接触を避ける。

特定の上司がいるとさすがに、黙っているのでなるべくそいつらがいる時は、その上司がいる時にデスクにつく。


若干面倒だが、それだけで結構な嫌味を回避できるものだ。

オレ、こういうの得意だよな。

過去、この手の嫌がらせにあったことはないが、割と回避率が高くなるスピードは速かったように思う。


その数日後。ダンタリオンに呼ばれた。


「なんで急に呼び出しだよ。って、忍もか」

「そっちの三人のスケジュール見た? 公爵はやる気になると速いよ。今日何かするんじゃないの」


特に見てはこなかった。

配属も係が違うので、いちいちチェックなどしていない。


その時、到着して通されたのはいつもと違う場所……エントランスまでの道が見える玄関に近い部屋だ。


同じく呼び出されたらしい忍の推測はどうやら正しかった。

なぜかしばらくするとそこに巨大な「悪魔」が現れた。


捻じれた角、鋭い牙に強靭な腕。

いかにも曇天が似合いそうな、凶悪そうな翼の生えた巨体。


さすがに一瞬ぎょっとしたが、すぐに「それ」に気が付いた。


「……懐かしいな、あれ、オレがあいつに初めて会った時のやつっぽい」

「そうなの? 随分ゴツイかっこしてたんだね」


ゴロゴロと。

なぜか先ほどまで晴れていた空に暗雲が立ち込め始めていた。

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