3.象徴するもの(1)ー発端
くるっぽー くるっぽー。
今日も忍は公園で昼食のパンをこぼしている。断じて鳥にエサをやっているわけではない。
ただ。
若干お行儀悪く、食べるときにこぼしている。
……違和感。
「……ハトが集まって来てるぞ」
「人より早いね、勘づくのが。カラスも来ている」
だったらやめなさい。
平和な公園のワンシーンだ。
住宅街も建物も近くないので、誰も文句を言う人もいない。
久しぶりに一緒になった司さんは、ずっとどこか沈痛な面持ちだ。
こっちも違和感。
「司くん、朝から顔色悪いけどどうかしたの?」
忍が聞いた。
忍の立場は指輪を手にしたことで、要人リストに加えられたらしくオレと忍の二人、まとめてこれからは、護衛に再びついてくれるらしい。
頭の痛いことが続いているだろうので、また特殊な任務でも入ったのかと敢えて聞けなかったのだが……
司さんは聞かれて初めて、大きなため息とともに、それを口にした。
「ヘビが消えた」
……動物園から脱走しましたか。
もう一瞬オレは何を言われているのかわからなかったので、普通に脳内でそんなふうにしか返せなかったのだが、忍も似たようなことを言い返している。
これに対して司さん。
「違う。失せ物届だ。魔界関係者数名からヘビが消えたと」
組んだ両の手を額に押し付けて苦悩する司さん。
珍しく要領を得ない話し方になっている。
「……?」
「魔界のヒトってよくヘビ連れてるもんね。あれが行方不明になったってこと?」
「……そう」
この凄まじく忙しい時にペットの捜索とかそりゃ頭も痛くなるわ。
天使襲来事件とのギャップが激しすぎる事件だ。
が、事件は事件なので放っておくわけにもいかず。
と、いうことで普通のヘビではないため、特殊部隊がまたもや余計な仕事を抱える羽目になっているらしい。
もう捜査一課とか二課とか、雑用係と大事係分けた方がいいんじゃないかという今日この頃だ。
「ヘビ……なんかそういうヒトがいたような」
「リリス様とかでなく?」
「んー…ちょっと待って」
と、忍は最近持ち歩いているバッグからモバイルPCを取り出して、ベンチの上で開く。
そこには七十二柱のリストが表示されていた。
「ヴォラクさん。ヘビの出現する場所を教えてくれる能力を持つヒトがいる」
誰得な能力なんだよ。
しかし、この場合は司さん、ひいては特殊部隊の人達にとってはまさかの救世主になりうる。
「召喚できんの?」
「私用で使うのはもちろん禁止なんだけど、管理権限は魔界のヒトたちにある名目」
「……公爵の許可が必要なのか」
助けを借りられれば、一気に解決だろうがなんとなく司さんは難色を示している。
「いや? ほとんど私の独断で『必要なら』使ってもいいって。報告義務はあると思うんだけどね」
その言い方で、何かめんどくさいから許可は省いて報告もなんとなく。
みたいな空気が伝わってくる。
実質的に忍に扱いを教えているのはアスタロトさんだし、あいつならそんな程度ですませそうだ。
ホーム画面……いわゆるデスクトップには、リストのみ。
他には何も見当たらない画面だ。
「そのパソコン、情報局の?」
「専用機です。自腹切りました」
思うにPCのデスクトップも性格が出る。
書類整理が苦手な奴のデスクトップは散らかり放題だが、整理がうまい人間の画面はきれいなものだ。
忍のPCは新しいせいか、きれいなものだ。
……と、いうか本当に何もない。
「自腹専用?」
「どんな熟語だ。私がものすごい大食感みたいじゃないか」
「うん、間違えた。それにしても新品にしてももっと色々入ってないか?」
専用というのは七十二柱用ということだろう。
リストを閉じても画面が空なので思わず聞く、その向こうで司さんは黙って画面を忍の横から覗いている。
「使わないものを消すとこうなる。国産は親切だけど、親切すぎて要らない機能が多すぎて困る」
バンドルされているものはほとんど消されている模様。
「そして、使うのはこっち」
タッチパネルがオンになっているらしく、指で画面をスライドさせると、同じ画面がもう一度表示される。
しかしそこにはいくつかのフォルダとアイコンがあり、忍はそれを開く。
フォルダの表示は「縮小」。連番出力された画像がそのままプレビューできる。
「七十二柱の、シジルか」
司さんが先にそれを理解した。
どれも円をベースにしてその中にそれぞれの文様が描かれていた。
プレビューが小さくてわからないが、ファイル名の連番は序列か何かだろう。
「そう。さすがに細かい図形は覚えられないからこっちにまとめて入れたんだ」
「そんなのなくても召喚できるのが指輪じゃないのか?」
「私はソロモンではない。シジルは正確にイメージする必要があって」
初回はアスタロトさんがそれを提示してくれたらしい。
そういえば、ここしばらく忍は本を一冊持っていた。
「今は便利だね。PCやらモバイルがあれば喚べるっていう」
「いや、それお前だけだから。ていうかいちいちリスト見て検索して画像出しても手間じゃないか?」
覚えるよりははるかにましだろうが、そうなってくると前に忍が言っていたように、本だとかアナログな媒体の方が早い気がする。
「他にも踏まないといけない手順があったり、そのあたりをいかに迅速に詰めるかっていうのが課題になっていて……内緒でシステムを技術班に作ってもらってるとこ」
……科学技術の結晶の悪魔召喚プログラムができてしまう。
「内緒なの? そういうの請け負ってくれんの!?」
「彼らは好きで開発部にいるわけで。半分は趣味と性分なんだよ。こういうのは燃えるタイプも多い」
「……お前、一般事務よりそっちの方と仲いいもんな」
ふつう、技術系の話はついていけない人間が多い。
よくわからないから近寄らない、で終わるところ忍の場合はわからないから理解しようとするので、相手も嬉しくなっていろいろ教えてくれるようだ。
結果、周りから見たら「何話してるのか理解できない」という会話が、繰り出されることになる。
そんなことを繰り返しているうちに、いつのまにか広大な雑学が忍の中に蓄積されて、今に至るわけで。
「負担も軽減されるから、喚べる数も増えることが近ごろわかってきて」
専用とはいえ魔術と科学の融合とかえらいプロジェクトが水面下で進行を始めてしまったらしい。
ただでさえ危険に踏み込む傾向の忍が「指輪」を手にしたおかげで、司さんは複雑そうな顔をしたまま最近、寡黙になりがちだったが……
ますます危機感を募らせている模様。
「忍、そこまでして手伝ってもらわなくてもいい」
「平和的利用だから、練習も兼ねてじゃダメかな」
「……」
確かに助かるんだろうけど、頼む立場が逆転している。
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