曇天(8)ースサノオ

「元々、彼は英雄、蛮勇ともに謂れを持つ神です。神界でも勘当やら追放やら……」

「勘当!? カミサマに勘当とかあるんですか!?」


追放はともかく、勘当ってどういうことだ。

ていうか、父親誰だよ。


全く疎いオレにとって驚愕の言葉が出てきている。


「まぁそれは人間の間に伝わる話だろうから、気になるなら直接後で聞いてみたらどうかな」

「アスタロトさん無茶言わないで」

「そうですよ、森ちゃんの身体を取り戻せるかの方が今は重要なんだから」

「……確かにね」


天使との戦いは収束に向かっている。

最後の一体を落としたのは、御岳さん……だろうか。

遠いが、ゼロ世代の人たちは動きが違うのでなんとなくわかるし、髪をざっくりと結い上げているから、判別はしやすい。


誰もが未だ緊張をもって、天を見上げる。

他にいないか、確認をしているのだ。

一瞬だけ、風と共に沈黙が流れた。


その一瞬後に、無線が討伐完了の知らせを告げる。


『お前さんたち、よぉくやった。残存天使はゼロだ。配置されてる奴は警戒態勢を維持して残りは撤収準備しろぃ』


……このものすごい独特な、話し方は……


「……局長、現場に来てるんですか」

「和(なごみ)さん、元々警察畑のたたき上げだから、気になるんだろうね」


その人は二年前にオレが皇居に連行と言っても過言でない連れ込まれ方をされたときに、清明さんの隣にいた人だった。

当時は、警察関係の上の人だったか。現在は護所局の局長だ。


ともかく、喋り方にパンチ力がありすぎて、オレの耳に覚えはよすぎる。

しかし、無機質な終戦宣言より、鬼局長の影名を持つ和さんからの労いは、違う意味でのパンチ力があったらしく、一気に現場の空気は緩んだ。



負傷者から、情報局の人達から、術師たちからも一様に漏れる大きな息。


しかし、まだ何も終わってはいなかった。


「司ー撤収準備……」


最後の天使の一番近くにいた御岳さんが、同じくそれに狙いを定めて傍にいた司さんを振り返る。

オレのところからはまだ高い位置で、真新しい瓦礫の上だ。


しかし、司さんはそれより少し高い位置を見据えたまま、警戒を解いていない。


その理由は視線の先を追えば、誰しもがわかった。

森さんの姿をした、スサノオの姿がある。


それが誰かわかっていない人間でも、司さんの様子を見れば、突然の乱入者の存在は疑問や警戒の対象に、十分なり得ていた。


一部の特殊部隊員に、再び、緊張が走りだした。


「なんだ? 俺が参加しちゃダメな戦いだったか?」


先に口を開いたのはスサノオだった。

森さんとは思えない表情で、口調で、手にしていた剣についた、天使の体液を無造作に払いきる。


そこからゆっくりと刀を上げる動きが、まるで新しい獲物でもみつけたかのようで、不気味だった。


「劣勢を覆せたことには礼を言う。だが、その身体は返してほしい」

「ふん、都合のいいときだけ呼び出そうって腹か? それで納得できると思うか」

「承知の上での、頼みだ。その身体は……」

「戻したいなら力尽くでやってみろ」


司さんの言葉が終わらないうちに、少し高い位置にいたスサノオが瓦礫を蹴った。

まっすぐに突っ込む。だが、その振るわれた刀の位置を正確に見られた人間が何人いたのか。


ドォン!と衝撃が走って、司さんのいた傾いだビルがさらに崩れ落ちた。


「な、なんだ!? あれ……!」

「どうして司さんを襲ってんだ!」


こればかりは、何も知らされてない神魔も手を出しあぐねているようだ。

そこに宿るもの、もしくはこの国の人間が器になっているのを察しているのかもしれない。


「清明さん! 術で止めたりとかできないんですか……!?」

「残念ながら、そんなことをしたら今回は止められても、もし『次』があった時に、彼は誰の言うことも聞かなくなる。次なんてなければいいけれど……」


そうか、こちらは本来、戦力として助けてもらう立場。

加えてあの性格では、それを裏切るようなことをしたら何をするのかわからない。


本須賀なんて人間レベルの火種は、あんなものに比べれば小さなものにしか見えなかった。


「そんな……じゃあ」

「……彼女の意識が消えているわけではないね。表に出てこられないだけだ。あるいは方法もあるかもしれないけど……」

「ホントですか! アスタロトさん!」

「今は無理だ。それよりこのままだと司が殺される方が先かもしれないよ」


呆然とする地上からの視線を受けながら、そこでは戦いが続いていて。

けれど、司さんが森さんを傷つけられるわけがなく。


ギリギリのところで鍔迫り合いとなっていた。


「強化、だな。そんなものなければとっくにお前は……」

「不知火、行け」

「!」


鍔迫り合いであるのに、武器を放す。

この場合は、不知火が巨犬の姿で実体化したため、文字通りいきなりせり合っていた相手が消えたことになる。


さすがのスサノオも虚を突かれ、前のめりにバランスを崩した。

後ろから来るであろう不知火の迎撃に弧を描くように刀を回そうとする。


だが、攻撃はそちらではなかった。


「ぐっ……!」


不意に腕を掴まれたスサノオはそのまま身体を反転させられ、素手の一撃を食らう。

信じがたい光景だ。


司さんが、あれほど守りたいと思っていただろう森さんの腹部に深く拳をうずめていた。


「く、そ……まだなじみ、が、悪い、か…」


その言葉を最後に、ふ、と森さんの姿をしたそれは、意識を失った。

途端に支えをなくしたその身体を、司さんが左手で支える。


「……」


そして、大きく肩で息をついたのが見て取れた。

隊員の何人かがそこへ駆けつける。

司さんは、森さんを抱えたまま地面に落ちた刀を拾い上げた。


そして撤収作業も手につかずにそちらに釘付けになっていた、拠点に戻ってくる。


「清明さん、診てもらえますか」

「……大丈夫だよ。休ませてあげるといい。君もね」


スサノオとの一戦で、怪我らしい怪我は負っていない。

だが、遊撃隊としてフォローする時に、相当サポート数が多かったのか、浅い傷はいくつも負っていた。


それはほかの遊撃隊……おそらくは、ゼロ世代の一部のみで構成された人たちも同じだった。


『司ぁ、妹は戻ったかぁ?』


こちらをモニタリングしていたのだろう。

無線からいきなり流れてくる和さん……局長の声。


「おそらくは。刀はこちらで引き続き預かります」

『思ったより危ねぇ神さんみたいだなぁ。ちゃんと管理しとけよ』


いや、あんたらが管理しなきゃならない代物じゃないのかアレ。

しかしそういう意味では、管理の責任が迷子になりそうな上層部に渡すより、司さんが持ってた方がいい気はする。


全く必要ないものであれば、持つ必要もないけれど、そうもいかないだろう。

確かに天使たちを相手に早々に盤面を返せたのは、彼らの参入が大きかったのだから。


「……すまない。こればかりには僕にもどうしようもできないんだ」


なぜか清明さんが謝った。


「なん、ですか? 今の。彼女、スサノオって……」


本須賀葉月が南隊長の後ろからこちらを見据えたまま、聞いていた。

手洗い程度で済みそうな、きれいな格好をしていた。


「この先、同じことがないとも限らない。あとで話すことにしよう。白上、いいか?」

「そうしてください。あの調子では矛先が他の隊員に向かないとも限らない。そろそろ情報共有しておいてもいいでしょう。御岳」

「わかったよ」


隊長クラスにはすでに情報が行きわたっているようだった。

浅井さんを見ると、複雑そうな顔をしているのであるいは副長までも知っていたのかもしれない。


『役割のあるやつ以外はさっさと指定病院に行けよ。今すぐ、局長命令だ』


権限の下なのか、そうでないのかわからない言葉を最後に、無線は切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る