要石(3)ー王様の耳はロバの耳

要石(かなめいし)、と呼ばれるものがある。


名前の通り、要となるもの。

建物の要……柱でいうと、大黒柱的な意味でつかわれることもあるらしいが、それとは違う意味で昔からそう呼ばれるものが、あちこちにあるらしい。


その謂れから神社や仏閣、あるいは田舎の路傍にすら存在する、様々な役割(いみ)を持つもの。

観光先のそういう場所で、この石にはこんな逸話があって、こんな不思議な力があります、みたいな石や岩を目にしたことのある人は、割と多いだろう。



今は……この国の護りである結果を維持する役を持つものが、そう呼ばれいる。

ごく一部の、それを知る者たちの中で。


そのごく一部が清明さんのような術者と、皇族に近い強力な神職の身分に就く人たち。

天使の侵入を阻む結界が、神魔だけでなくこの国自身の神様や術師の力で作られていることはエシェルに聞いていたから、そこは理解ができた。


要石というのは……その結界を張り続けるのに必要な「土台」、あるいは力をつなぐ「連結地」のようなものらしい。




その要石の一つが、壊れかけていた。




要約してしまえば、この一言だけだ。

だが、問題は、これらは場所は秘匿、通常傷などつくものではないという。

当然、オレたちも場所までは知らされていない。

情報局でも管理されていない情報で、つまり外部流出には細心の注意が払われている。


そんな要石のいずれかが壊れた場合……



結界が壊れる。



明言はしなかった。

石一つ壊れたくらいでいきなり結界全体が崩壊するわけではないし、そんなギリギリな仕様であるわけもないだろう。


けれど、土台が、連結パーツが一つ壊れるということは、確実にバランスは崩れるということで……


少なくとも、手薄になるということだ。


詳細は清明さんたちが調査中ということだが、「もしも」に備えてオレに情報が渡された。

もちろん、ここで重要なのはもしもの場合、オレ自身がなんとかするわけではなく、なんとかする主力となるのは、神魔のヒトたちだ。

繋ぎを迅速にするために、前もって状況を把握させられた、というところだろう。


「それにしたって、まだ早くないか? 今すぐ何かが起こるわけじゃないんだろう?」

「そう思うならもう少し落ち着いたら?」

「…………そうか、そうだよな」

「でも何かがいつ起こってもおかしくないから、早い段階で情報共有を図ってきた」

「お前オレを落ち着かせたいの!? 不安にさせたいの!!!?」

「清明さんは頭の切れる人だよね」


……単に、対応の早さを褒めているだけらしい。


「でも、この情報、他に共有してる人いないのかな」

「いるだろ。濁されただけで」


たぶん、今の段階で繋がりすぎると話が漏れる可能性があるからだろう。

他に誰がこの話を知っているのかは、教えてもらえなかった。


「また司さんに隠し事ができるのかー! オレ、そういうのヤだ!」

「と、いうか立場上知っている可能性はあるけど、向こうも口止めされてるはずだから、うかつに話題は振ってこられないはず」

「! そうか。知ってる可能性の方が高いよな。調査って言っても、何が出るかわからないんだから」

「秋葉、そんなにことを大げさにしたいの?」

「オレな、今自分の心の安定をまず第一にしたいんだ」


一介の外交官ごときのメンタルは、不動ではない。


「他にも公爵とか、主だった大使のヒトは知っている可能性があるから、多分知ってるんだろうな~と思うと、心が安定すると思います」

「そうだな、そうする。……なんかすごく気が楽になったわ」


不動ではないが、割と単純なので、元のポジションにも早々に戻ってこられた。

持つべきものは冷静なアドバイザーだ。

……本人は助言している気はないんだろうけど。


「でも確かに大ごとではあるんだよね。誰かに話したいっていうか、秋葉一人に話さなかった理由はわかる気がする」

「そうだろう。さすがに忍だってこの話一人で聞かされたら、不安になるよな」

「うん、だからまず理由を付けて、知ってる人を聞き出すと思う」


……この子、一人で秘密を聞かされても具体的手段で不安を払拭できる子だ。


「穴掘って、叫んでいい?」

「花が生えたらその花が大声でカミングアウトするから、やめといた方が」


この際何でもいい。

王様の耳はロバの耳、と叫ぶだけでもすっきりするのではと思う。


「とりあえず、海に向かってバカヤローって叫んで。できれば夕方」

「それお前が見たいだけだろ! 恥ずかしすぎる!」


この人の多い街でそんなことをしたら、軽く事件だ。

絶対SNSで知らない人間にネタにされる。


「じゃあ、そのやるせない気持ちをこの橋の上から石を川に投げて紛らわす」


オレたちはちょうど、名前もわからない橋の上を通りかかっていた。

忍はおもむろに足元の手ごろな石を拾い上げるとそっと、オレに渡してきた。

なんだか丸くて、こんなところに落ちてるにしては珍しい感じだ。


「そんなふうにじっと見つめてるのはいいね、物思いにふけっているようで」

「演出はいらないから」

「そして、ポケットからスマホを取り出して時間を確認するんだ」

「?」


もちろん、演出はいらないので、いう通りにはしない。が。


「確認したら、何気なくスマホを川に投げて、左手に残った石をポケットに入れて、一瞬後。がっくり膝をついてください」

「それ笑えるコピペとかだろ! 間違って投げただけだろ! 今時本体いくらすると思ってんだ!」

「SIMフリーの格安機種にすれば、I-Phome換算で4回くらいできると思うよ」

「SIMも沈むだろ」


これだから情報通は。

しかし、ゲームをしたり動画を見続けたりとヘビーな使い方をしていないオレは通話やメッセージのやり取りができれば十分な気もする。

そうすると、格安スマホでもプラン的には十分で……


「って違うんだ! 何の話をしてるんだ!? オレたちは!」

「何の話か分からなくなる程度の話ってことだよ。さぁ、投げて」

「そっちほんとにスマホ入ってるから! やめて!」


ポケットにスマホ入れないようにしよう。



オレは、この日、一つの教訓を得た。

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