EDOへ参る(5)ー秋葉からの挑戦状
「着物は胸がない方が着こなしが決まるらしい」
「お前さ、なんか沖縄行った時も水着話題出さなかった? 魔界の貴族ってそういうの興味ないんだろ?」
「お前レベルに合わせてるんだ」
「レベル調整をもっと厳密にやり直せ」
別に前を歩く二人が、とは言ってない。
しかし、自然視線が前に言ってしまうオレたち後行組。
「グラビアアイドルの体型が万人受けすると思ったら大間違いなんだぞ。人間の体型には黄金比というものがあって、なさすぎても出すぎていてもいけない」
「オレの話聞いてる?」
「1:0.7:1がもっとも美しくみえる比率だと言われている」
「知識の書から音声が漏れてるだけだろ、それ。いいからいっぺん一時停止かけろよ」
その黄金比と着物の着こなしは、若干違うのではないかと思う。
ともかく、モデルとはまた別次元で、きれいめにみえる人が存在することはわかった。
だからなんなんだ。
オレでも分かるくらい、前を歩く司さんから殺気が放たれてるんだよ。それ以上、前の女子をネタにするような話にオレを巻き込むな。
「ボクら悪魔の美醜の基準はそれぞれだけど、自分がヒト型だとそれで比べてしまいがちなのはままあることだね」
「アスタロトさんもですか!?」
「……その『も』の意味がよくわからないけれど、人間をひとくくりにして棒に丸がついている、程度の認識力ではないということ」
すみません、前を行く女子の一人が、同族相手にその程度の認識の時があるんですけど。
「興味と判定は別問題」
「その一言、なんかすごい安心しました」
アスタロトさんが言うと、ものすごく客観的に聞こえる。証拠に、司さんの殺気もアスタロトさんには向いていない。
「オレだってただ知識の書の一端を披露しただけだろ。もっと敬え」
「敬って欲しかったらへぇ~レベルの知識よりもっと上のレベルの情報を提供しろよ」
「言ったな、何が望みだ。オレの本気を見たことがないからそんなことを言うんだろう。言ってみろ」
そういわれると困るんだが
「デイトレーダーって情報収集と読みが肝なんだろ? ハイリスクだっていうし、1週間以内に資金10倍にしたらちょっと敬う」
いわゆるFXというやつだ。よくわからないが、昔はハイリスクハイリターンで一万円をかけて一瞬で100万儲けるとか言われていたが、当然その逆もあって一瞬にして財産をつぶした人もいたらしい。
今は規制がかかっていてそれほどじゃないようだけど……経済関係だから、運ゲーでないことはわかる。
「秋葉にしては面白いことをふっかけてくるな。あれは確かに膨大な情報と無数のトレーダーの心理を読んで勝率が上がる投資(ゲーム)だ」
「いや、知らないけど」
「元手が大きければ大きいほどロスカットされづらくなるから、縛りかけた方がいいよ」
アスタロトさん、当然のようにシステム理解してる感じで何か言っているがロスカットとは何なのか。
「ふふん、情報心理戦は現代におけるオレの十八番分野だ。いくらからでも行ってやる」
「じゃあ最低価格で」
「5万くらいかな。せこせこやらないと厳しい最低ラインだね」
「お前が余計なこと言ったんだろうが!」
全然わからないけど、結構厳しい縛りが与えられたらしい。
「せっかく江戸に来たのにオレたち何の話してんの?」
「空気読まないでさっそくスマホ見始めたから、あっちは放っておいて前と合流しよう」
ダンタリオン、お前ってやつは本当にメンタリストなのか。おいてくぞ。
「人間に与える知識とか、アスタロトさんの時間見もあんまり魔界の力関係には意味がないんでしょう? あいつ、割とこだわりあるみたいですけどなんですかあれ」
「ボクみたいに直接魔界の爵位と関係ない能力が伝えられている者もいれば、趣味の延長や爵位を得るのに役立つ能力を持つ悪魔もいる。前者がフェネクスで、後者がダンタリオン、というところかな」
オレだけが聞いていて意味があるのだろうかと思う魔界事情が出てきた。
「フェネクスさんは歌が得意でしたよね」
「そう、あれは半ば好みの分野が能力として発現しているタイプ。ダンタリオンはあぁ見えて戦闘能力と知略で公爵の位に着いてる存在だから、純粋に【魔界向け】の能力でもあるんだ」
思い出した。魔王ベレト様の【人間向け】能力は恋愛成就だったという話。その能力でどう頑張ったって魔王になれるわけはないから、ベレト様は逆にふつうに戦闘能力が高いと見ていいんだろう。
「そっか、あいつのアイデンティティだったか……」
「どうしたって性格があれだから、あまり頭は使っていないように見えるんだけどね」
さり気にひどいが、同意しかない。
「分析してしまえば、心理戦でどういう態度を取るかは重要だ。頭がよくてもおどおどしているような悪魔はいつまでたっても上には上がれない。はったりも重要だということ」
「……すみません、あいつが尊大な態度をとる理由は分かった気がしますが、今の話だとむしろ、おどおどしているダンタリオンしか想像できず……」
オレは笑いをこらえきれない。ついに声をあげて笑ってしまった。
「君たちにかかると魔界の公爵も形無しだね」
「何? 秋葉がおなか抱えるほど笑うとか珍しいね」
「いや、なんか脳内に、この世に存在していない生き物が誕生して」
「何の話だ」
当の本人が会話に介入してきたので、再び吹き出してしまう。
いかん、これしばらくオレ何があってもその度に笑ってしまう。明日腹筋が筋肉痛決定だ。
「なんでもない」
「なんでもないことないだろう、吐け」
「痛ぇ! ボディブロー入れても何も出ない! お前は期限きょうから三日なんだからまず元手を稼げ!」
少し冷静になったのか、ちっ、と舌打ちをするダンタリオン。
「とりあえず、自動売買組んでるからちょっと待ってろ!」
「嫌だよ。なんで待たなきゃならないんだよ。あ、オレのどか湧いたからあそこのラムネ飲みたい」
「ラムネって江戸時代にあったのかな」
「知らない」
とりあえず昭和の香りはするそれを買って、歩く一番後ろから歩きスマホの魔界の公爵がついてくる。
……意識すると笑ってしまうので、捲いてしまいたい気分だ。
「引率があれじゃあどうしようもないね。どこに行こうか」
「港もそれっぽいんだって、ぜひ見たいです」
「町って何かとテレビでやるけど、港はあんまり見ないよな」
そんなふうに、何気ない会話を交わしながら、江戸情緒豊かなこの街の探索を続けるのだった。
ちなみに外貨が動いていない今、仮想通貨が国内で取引されてるのが現在のFXの全容らしかったが、そもそもFXが外貨取引であることも知らなかったオレには関係のないことだ。
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