EDOへ参る(4)ー大妖怪をもふりたい
「そこにいるヒトの性格にもよるけど……基本的には、他人の家に行くような感覚だから、礼を払って挨拶するような感じ?」
「面白いなー」
「人間だって同じだろ。他人の敷地に挨拶もなしに入ったらお前、とんでもない失礼な奴だぞ」
そうだな。そう考えると正面からバシャバシャ写真撮りまくるのも失礼だよな。自分家の庭に勝手に入って来て、勝手に家撮られてるようなものだもんな。
気づくことは多い。
「神域って、目には見えないけど別次元に入るような感じですか」
「基本的には次元が重複して存在していると思うのが一番近いかな」
「知ってっか。神域に入りたくない場合は、鳥居をくぐらないで横から抜けてくんだ」
入口が鳥居だとすれば確かにそうなんだろうけれど……
素朴な疑問。
「それ何か意味あんの?」
「この国の神社庁の管轄する方式だと、身内に死者が出た場合は50日は忌服っつって、神域に入らない方がいいことになってんだ。その間に用がある場合は鳥居から入るなってことだよ」
知らなかった――――――……
「見えない世界の話って面白いね」
「なんか、見えてないだけっていうのが分かるし、ルールが見えてくるもんね」
そんなことを話している女子二人の頭をいい子、みたいな感じで撫でているアスタロトさん。
うん、それさっきダンタリオンがやって忍が嫌そうな顔してたけど、全然平気だ。たぶん、アスタロトさんの方が、犬とか猫とか撫でるのと同じ感覚だからだろう。
はたから見ていて忍と森さんが別の生き物に見えてきそうだ。
「それが分かる子は、次元が違う存在との相性もいいんだろうね」
「まぁ人間は目で見る生き物だからなー。そういう時代じゃなくなってるわけだけど」
「いや、見えてますよ。具現化してるの公爵たちの方ですから」
司さんが珍しく茶屋の店先で飲み物とか買いながら後ろ姿でつっこんでいる。
「しまった。持ち運べない」
「珍しいですね、やらかしてるの」
「いいんじゃね? 歩いたしここで一服してけば」
景観を大事にしているので、当然、ペットボトルでの飲み物供給はされていない。
お茶と書いてあるのでそれを頼んだら、ふつうに茶碗で出てきたわけで。
「和菓子って趣あるよね」
「オレ、みたらしー」
「半分ずつ」
4つ串にささった団子を例によって、分けながら忍と森さんは違う味を少しずつ堪能している。
「これは確かに神魔は喜ぶ光景だなぁ」
アスタロトさんは立ったまま、何気なく辺りを眺めている。
……手にしてるの、ふつうに緑茶の入った茶碗なんだけど、なんだろう、この違和感のなさは。
「あ、私あのヒトの写真撮りたい」
「なんだ? 珍しいな。かっこいいやつでもいたのか」
「ほんとだ。かっこいい」
果たして彼女らの視線の先にいたのは……真っ白な巨躯に、額や目の周りを彩る朱色の文様。なんか大妖怪みたいな風体をした、狐と狼を足して二で割ったような姿のヒトだった。
「……せめてヒト型」
「だめかな」
「いや、いいけどね」
それでも知らないヒトに声はかけづらい。
思っただけで、眺めているとダンタリオンが気さくに近づいて行って、交渉してくれている。
「公爵、かっこいー!」
「お前、ここでかっこいいはないと思うぞ。かっこいいの使い方間違ってないか」
「男前?」
「気が利く?」
「なんで疑問形なんだ」
ていうか、写真撮りたいの一緒にじゃなくて一方的にか。そこはふつうに一緒に撮れよ。
相手の神魔のヒトが逆に一緒に映りたがったので、仕方ない、女子二人はお礼代わりに記念撮影に応じている。
「もふっていいですか」
お前、それ神様か悪魔だぞ。不知火と訳が違うんだぞ。
しかし、快くもふられているそのヒト。
カシャ。
シャッター音の方を見るとさり気にアスタロトさんがそれを撮影している。
「キメ写真より雰囲気写真なんだろ?」
「うん、そうですけど……」
「自然な感じでいいと思うんだけど」
江戸の街中で大妖怪をもふる町娘ふたりがどんな自然な感じに映ってるんですか。
とりあえず、ふたりはもふ……コミュニケーションに夢中なので、司さんに転送している。
「っていうかそれオレの端末だろ! お前使いこなせるならスマホくらい持っとけ!」
「必要ないから要らない。せっかく自分の時間を過ごしているのにコールされるのは煩わしいだろ」
コールとか。実はごく最近もずっと人間界にいた気配を漂わせる言葉を使っているアスタロトさん。
まぁふつう、悪魔に通信端末は要らないだろうから気にしないことにする。
「はー満たされた」
「猫カフェ行けよ」
「猫カフェの猫は活き活きしてないからあんまり……」
「うん、そこはマジメに返さなくていいから」
ともあれ、存分に巨大妖怪をもふった二人は満足そうだった。あのヒト、元はどんな姿なんだろう。
「お茶、冷めてるよ」
「あぁ、はい。……ちょうどいいです」
色気より食い気より異形のもふり気。
二人の水分補給を待ってまた歩き出す。
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