EDOへ参る(3)ー海外のおすすめスポット

「本当に銭湯になってるみたいだね。ふつうに客が出入りしてる」


さすがにこういうところまで再現されている場所は他にないので、アスタロトさんも興味があるようだ。


「さすがにこの国を尋ね歩いたことはないから、もう去ってしまった文化を見られるのは面白いな」

「尋ね歩くって……アスタロトさん、前から人間界結構来てたんですか」

「来てるどころじゃねーよ。そいつ、ここ数百年人間界にいる時間の方が長いんじゃないか」

「……アスタロトさん」


話題が江戸からアスタロトさんに移った。前々から謎のヒトではあったが、なんとなく追及することもなく、今に至っている。


「あぁ、欧米の方はよく知ってるよ。歴史や自然文化が多く残ってるしね」


それで人間界事情に詳しいのか。オレはものすごく納得してしまった。


「欧米……アメリカだったら、間欠泉とかグランドキャニオンに行きたいな」

「でもやっぱりヨーロッパの方がまとめて色々見たいものが多いよね。ドイツのノイシュバンシュタイン城とかふつうに街並みも」


このご時世だから、人間の文明的なものがどこまで残ってるのか謎だけどな……

アメリカの方は、破壊されている要素がないから、行けそうだ。いや、行かないけど。


「おすすめとかあります?」

「そうだね、ふつうに観光地だけどモンサンミシェルは良かった」

「アスタロトさん、そこ、教会」


つい声に出してつっこんでしまう。

天使の親方崇めるところです。悪魔の対抗勢力です。


「こういうところがこいつ、信じられないだろ」

「え、別に」


変なところで細かいことは気にしないタイプが、揃いも揃ってしまっている。


「でも教会って悪魔のヒト入って平気なんですか?」

「入れるよ。日本の神社と違って結界があるわけじゃないし」

「いや、さり気に何か今すごいこといいました? 神社って結界とかあるんですか?」

「あるだろ。ふつうに」


見えないからわからないんですけど……


「司さん……知ってました?」

「結界は知らないけど、あれだろう? 鳥居から向こうは神域、というやつ」


あ、それなら聞いたことがある。

ご神域、あんまり考えたことがないから、鳥居は目印くらいにしか思ってなかったけど……


「そう、鳥居は神域に入る門や玄関のようなものだね。そこから向こうはその神社の領域なんだ。でも、教会の場合はそういうものがない」

「仕切りがないってこと?」

「いや、そもそも祈りの場であって神が降りる場所じゃない。大きな違いはそこじゃないかな」

「???」


よくわからない。

みんなそれぞれ理解に努めているので、悪魔ふたりが継いでいる。


「神社って必ず何かが祀られてるだろう? 代表的なのがご祭神。説明書きを見ると大体、書いてある」

「あの読めない八文字熟語みたいになっている……」

「読めない八文字熟語か。確かにな」


ダンタリオンが笑っている。そう、馴染みのない人間には四文字熟語どころの難易度ではない連続漢字名だ。


オレたちは、演出のために、だろう。路地の奥に続く赤い小さな鳥居とその奥にあるやはり小さなお社を横目に、通りを歩く。


「大きなところだとわかりやすいが、拝殿と本殿に別れてるだろ? 人間は拝殿で参拝するが本殿には神が降りる、といわれる」

「だからなんでそんなに詳しいんだよ」

「そこは蛇の道は蛇だろう。オレは大使だ、文句があるか」


今日はいつにもまして横柄だな。多分アスタロトさん意識してるんだろうけど。


「日本のカミサマは、昼間は降臨しているとか、眷属がいるとかよく言われるね。でも教会に神は降臨しない。なぜなら彼らの信仰する神はたった一人だから」

「確かに天使がどうのとかいう話は聞くけど、カミサマが降臨したって、聞いたことないな」

「天使はメッセンジャーの役を持つ者もいるからね、そういう意味では必要があれば繋がる場所ではあるけれど、それは教会に限ったことではないし、日本のように毎日何かしらが存在しているわけでもない」


言い切った。ということはいるのか。オレたちに見えてないだけで。

そこは見えてないから完全に信じないとかだったら、神社自体が廃れているのだろうので、なんとなく日本人もわかっているのかもしれないし、感じているのかもしれない。単なるこだわりの薄いお国柄だからともいえる。


「じゃあ教会って一体」

「祈りを届ける場所、って言ったらいいのかな」


あー、確かに。日本の神社へ参る=神様に挨拶に行く、みたいなイメージだけど教会はお祈りする場所だな。

微妙にニュアンスの違いがわかってきた。


「この国の神社は神域、だけど教会は人間が建てた人間が祈りをささげるための場所だから、ボクら悪魔でも、立ち入ることは難しくないんだ」

「好き好んでいく悪魔もいないけどな」

「人間が作ったものだから、建築が見事だったり、そこが観光の目玉になってるわけだろう? ボクが足を運ぶのも祈るためじゃなくて文明痕を見ているだけさ」


うん、神社も興味ない人は有名な彫り物があるとか、有名な場所だから程度の認識だもんな。

あのカミサマと関わりたくないから行かないわ、とか、世間一般的にはない。

そう思うとわかりやすい。


「でもさすがに礼拝堂は、不快な感じがする」

「不快で済むならまだマシなんだよ」


呆れたようにダンタリオン。アスタロトさんが不快というからには、まったくふつうの悪魔は足を踏み入れるような場所ではないんだろう。


「あそこは信奉者の気の吹き溜まりだからな。下手な下級が入れば消し飛ぶ」

「教会ってそんな危ない場所なんか」

「要するに、唯一神以外は排除の信仰だからな。敬虔なる信徒の祈りはこえーぞ。存在の否定力半端ない」


それ、ふつうに人間世界でもこわいやつだ。


「まぁそんなわけで、基本的に結界はないんだけど場所によっては、人間の気の集まり方の方が厄介な感じかな」

「さすがにそこは住んでる次元が違うって感じですね」

「神社に入るときってどんな感じなんですか?」


オレは前も聞いたことがある気がするが、森さんが聞いている。

観光神魔はふつうに神社に出入りしているので、問題ないのだろうが、感じ方は気にはなるんだろう。

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