象徴するもの(4)ー礼節
「……」
魔界事情から、何かひとつ重大な発言が漏れ聞こえた気がするが……
「なぁ、召喚ってそういうのが先だったの?」
「当たり前だろ。魔界に干渉できない人間がどうやってオレたちを召喚できる術が見つけられると思うんだ。元々はオレたちがもたらした技術だ。指輪とは無関係に」
「でもどうしてそんな……」
使役されたくないのなら、そんなことを教える必要があるのか。
当然の疑問は生じたが……
「相互利益、共存共栄。良い言葉を使えば目的はそんなところだ」
「……アスタロトさん……」
「相変わらず人間の言葉がうまい。言ってしまえ。身勝手な欲望を互いに叶え合うための手段でもあると」
「まぁ、それは当人たちによるだろうね」
よくわからないことになってきた。
召喚した本人は黙ってそのやり取りをみつめている。
明らかに、魔界の事情なので介入はしない方がいいのはオレも含めて三人ともが分かっていることだった。
それに、いつのまにかヴォラクさんの後ろには、ヘビの尾を持つ巨大なライオンと巨大な黒馬に乗った鎧の騎士が現れていた。
表情も見せない彼らは、じっと動くこともなくいずれからも威圧感しか感じられない。
召喚したのではなく、ヴォラクという悪魔についてきたのだろうか。
オレや司さんが余計な動きができないのも、ここにいる悪魔たちからこの国では感じたことのない無言の圧迫感のようなものを受けているから、というのもある。
「いずれにしても真実を確かめもせずに妄言に踊らされるようでは、そんな噂をささやくものは小物だろう。ヴォラク、君もそれを信じているのかい?」
「……」
間があった。
ダンタリオンが何かまずそうな顔をしている。
理由はわからないでもない。
召喚されたものは制約を受けない。
あのドラゴンを連れた悪魔たちが暴れ出したら、ここにいる面子でも厄介なことになるんだろう。
アスタロトさんも、ダンタリオンも制約を受けているのだから。
しかし、問われたことで、ヴォラクに思考の間があった。
「ならばなぜ私を呼び出した。使われたのがソロモンの指輪だということは強制的に私を従わせる算段であろう」
「それは違う。指輪は単に召喚の儀式を省略できるからであって、君を呼び出した彼女は君を従わせる腹積もりはない」
「……?」
そして初めて、子供らしからぬ目をした天使の姿をした悪魔は、忍の姿を下方に見た。
「君の力を借りたいのだけれど、面識がないからと言ってね。ボクに仲介を頼んできたのさ」
「指輪の力があれば、仲介など不要であろう」
「指輪の強制力を使わずに君らの力を借りる。それが新しい召喚者のやり方らしくてね」
魔界から出ることもなかったのであろうこの悪魔は、日本という国に対してあまり良い印象を持っていなかったようだ。
だから今までの理解の範疇で人間を計ってきた。
それゆえの、辛辣な物言いだったんだろう。
妙な緊張感が辺りを席巻していたが、ようやく忍のところまで話が辿り着き、忍が動いた。
「はじめまして、ヴォラク閣下。この度は、不躾な召喚、申し訳ありません」
「……」
召喚者にこんな態度を取られたのは初めてなのだと思う。
忍は依然、ドラゴンの上に乗ったままのヴォラクに、丁寧に頭を下げた。
「私を召喚したからには、私の力を欲するのだろう。従わせる腹積もりはないと聞いたが、何を望む」
「はい、この国には現在数多くの神魔の方がいらしてます。最近、魔界の方々から『ヘビが消えた』と相談が寄せられるようになったそうで」
「ヘビが……?」
それを聞いたとたんに。
後ろに控えていたライオンと、フルフェイスの甲冑を着込んだ悪魔がものすごい勢いで前に出てきた。
「アスタロト閣下! そうです、私のヘビが!!」
「私のヘビも……!!!」
……あ、このヒトたち被害者だったんか。
そうすると今まで呼ばれて何が何だかわからないけど、目の前険悪だから口出せなかった、みたいなのが正解かもしれない。
「聞いてるよ。そこに警察の人がいるだろう? 彼らが探してくれているんだけど、らちが明かなそうだからヴォラクの力を借りようということになったんだよ。ところで二人だけかい?」
「いえ、ヘビを愛でる愛好会と称してボティス伯も一緒だったのですが……」
おい、この突然の光景に、若干ヴォラクさん唖然となってるぞ。大丈夫か。
ていうかヘビ愛好会……なんとなく共通点のあるヒトが誘い合って来るパターンも多いのな。
「ボティスって言ったら見た目大蛇だろ。本人もいなくなったってことか?」
「そうです。それでどうしていいのかわからず、取り急ぎ失せ物届なるものがあると聞き」
失せ物じゃねーーーーーーー!
失踪だよ、それ失踪事件だよ!
「司さん……」
「ただのヘビ探しじゃなかった」
さすがに薄い笑みを浮かべている。
日本の仕組みや言葉がよくわかっていないのは観光神魔あるあるなので、こんなことも稀にある。
誰もがダンタリオンやアスタロトさんのように、自動翻訳機能標準装備みたいに流暢に言葉を使いこなしているわけではないのだ。
「ご覧の通りです。それで、ヴォラク閣下がヘビの居場所を教えてくれる能力があると知り……魔界の客人の探し物を見つけてはいただけないかと」
「……」
「閣下、お願いいたします」
「あれらがいなければ我々は魔界へ帰ることもできません」
それは大げさなんだろうが、体の一部とかそういうことも想定されるので、黙っておく。
ペットロスになられても困るし、何より大蛇がそこらへんうろついていたら、違う意味で事件だ。
ていうか、自分のオプションより、いなくなった同行者の方、誰か心配してあげてくれない?
落ち着かない展開だ。
「そういうことだ。別に人間のためじゃない。オレら魔界の貴族の失せ物をこいつらは探してくれてる。使役なんて大げさな話じゃないか?」
「……ヴォラクはこの国に来たことがないからね。魔界の空気に慣れすぎているとああなりがちだ」
「そっちが普通なんだけどな」
どこか不遜な顔で見下ろしていたヴォラクさんはそこで初めてドラゴンの背から降りてきた。
今度は見上げられる格好で、だが決して愛らしくはない視線で忍は見られている。
「本当にそれだけか」
「それだけですが……それだけのために喚ばれるのは、やはり不服ですか」
「いや、それも私の能力だ。『ヘビ』の場所を告げる。……いいだろう」
甲冑の下ながら、獣の顔ながら、ほっと雰囲気的に空気が緩んだのが分かった。
そして、沈黙することしばし。
「……ここにいれば来る」
思わずその言葉にえっ、となる一同。
「それってどういうことだ?」
「私はヘビの居場所を探すというより『どこに行けばヘビに会えるか』を伝えることができる。つまり、ここにいればもうすぐ向こうからやってくる」
「何それ、どういうこと?」
「ダンタリオン閣下、しばし時をいただきたい」
依頼を受領してから、ちょっと態度が軟化した気がする。
そしてオレたちは、揃って広大な庭でそれを待つ。
「ヴォラク総統、このドラゴン、触っても大丈夫ですか」
「……お前が指輪の持ち主なら、問題ないだろう」
「なんでお前そんなのに近づけるの? オレ神魔のヒトたちはともかく、そういうの無理だよ」
「え? ……猫とか犬の延長では」
お前の中ではそんなもんか。
明らかに人間界にいないタイプの生き物だぞ。
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