象徴するもの(3)ー教授

「悪用しないっていうか、できないっていうか、単純にオレたちの方で操作できるからっていうのが一番でかい理由だ」

「そういうのは本人がいないところで話してくれる!? ってかお前らオレを利用する気満々だったの!?」

「お前『ら』って、ボクも入ってるのかい?」

「……お前が持ってきた」


アスタロトさんの屈託ない笑顔にそっちが向けない。

今はつっこんでいるダンタリオンがまさかの良心だ。


「まぁとにかく聞いてないみたいだから説明しておくと、強制するつもりはなかったんだよ。そこで秋葉が手に取れなかったら、それでもよかったんだ」

「では忍の手に渡ったのは?」

「代わりに手を挙げただけだ。彼女は重要性を理解しているし、何よりシジルに敬意を払っている。乱用は……まぁしないだろうね」


行方不明のヘビをみつけるだけでも、相手に面識ないし、一応話すかと落ち着いたくらいだからそこはないだろう。

オレが指輪を手に取れなかった理由は「悪魔を行使する」存在になるという認識が強かったからだが、ふつうに今のオレの感覚から言っても「力を貸してもらう」が正しい。


たぶん、忍は初めからそういう感覚で、認識に誤差があったんだろうと今更気づいた。


「あの指輪があることは、ボクたちにとってもリスキーなんだ。渡す相手も理由も、それを考慮した上で決めたということは理解してほしい」

「……わかりました」


初めの言い方こそ危険をはらんでいたものの、きちんと説明されて納得した様子の司さん。


「ところでアスタロトさん、忍は放っておいていいんですか」

「あぁ、大体自習で覚えてくれるから助かるよ。喚ぶには危険のある輩も自分できちんと寄り分けているようだし」

「……それってやっぱり、みんながみんな協力的じゃないってことですよね」

「悪魔なんて本来、そんなもんだろ。気に入れば手を貸すが、そうでなければ殺されても文句言えねーぞ」


そうだよな。そういうヒトたちはそもそも日本には来ないから……

失念しそうだが、好きでなければ、あるいは興味でもない限りは他国にわざわざ肩入れなんてしないのは人間だって一緒だ。


「そういう意味では、ボク自身も干渉が過ぎてリスクを負っていることは知っておいてもらった方がいいかな?」

「えっ! そうなんですか!?」

「誰だって自分の身がかわいいものだろう? 魔界では面白くないと思っている者もいるだろうね。どこかの大使がきちんと筋を通して動いてくれればボクは矢面に立たなくて済むんだけど」

「お前は何かあった時にむしろオレを矢面に立たせるくらいのことはするから心配ないだろ。どっちにしても、日本がやられたら魔界まで天界の奴らが押し寄せないとも限らないんだしな」


そんなことになってんの?

っていうか、元々天使と敵対してるの悪魔だよな。

人間は人間で、今回別の目的で滅ぼされそうになってるってこと?


「……」


ほんとうに今更だけれど、その答えは誰も知らない。


「それより、結界がいきなり消えたのは内部犯の存在で確定なんだろう? 忍が召喚者であることが知れたら、人間側でも利用しようとする輩は必ず出てくるはずだ。司、君はそれを理解して守ってやってほしい。ボクらのためにもね」

「……本人がもう少し大人しくしていてくれればいいんですが」

「はは、そこはよく言っておくよ」


アスタロトさんは空になったティーカップを近くのチェストの上に置いて、部屋を出て行った。


「……まぁ、結果的にお前じゃなくてアスタロトさんが忍の面倒を見てくれてるのは、何となく安心」

「ふざけろ。何吹き込んでるかわからないからな。お前らはあいつのこと信用しすぎ」


……とりあえず、被害を被ったことがないから、損害を与える相手より信用するのは当たり前のことだと思う。


「でも、アスタロトさんの立場が危ないって……」

「ないない。そんなもんは魔界じゃ通常運行だから自分で何とかするだろ」


全く気にも止めてない様子。

もっとも、そんな下手は打たないタイプに見えるから、それくらいのリスクは承知の上で動いてくれているんだろうが……


「大体、大使云々言うならオレにまず相談すればいいんだ」

「相談したところであてにならないからじゃないの?」

「……お前、今日何しに来たんだっけ?」

「そうだ、魔界の大使ならヘビが消えたって事件、知ってるだろ?」


何か関係ない方から攻められそうなので、それっぽい話題に振り替える。


「ヘビが消えた?」


個人レベルの遺失物届なのか、まだ情報は伝わっていなかったらしい。

すみません。余計なこと言いました。

司さんは、少しだけやれやれといった表情で、説明を始めた。




それからしばらく。


ドォン!という音ともに、庭先から硝煙が上がった。


「……なんかドラゴンいるんですけど……」

「あいつら、塀の中だと思って思い切り召喚かけやがったな」


三人で窓辺からそれを見下ろす。

大きな双頭の竜が流れて消える煙の中に見える。

ぼやくように言ったダンタリオンはそして、つづけた。


「あいつがヴォラクだよ」

「えっ、ドラゴンなの!?」

「違う、よく見ろ」


言われて、もう一度よく見る。

その巨大な背中に、小さいものが乗っている。


「……オレ、あれ見たことある。ねぇ司さん」

「天使というか……普通によくあるキューピッド的な何かに見える」


二人して、目をこすりたくなった瞬間。

そこには子供の姿をした白い羽をもつ天使の姿があった。


「見た目が天使なだけで、悪魔だからな」

「ややこしい!」

「見た目天使の奴はけっこういるんだぞ? 堕天組とか」


……沖縄で会ったデカラビアさん(無機物)とフォルネウスさん(魚)の印象が強すぎて、ヒト型の誰かがすぐに出てこない。


ダンタリオンが窓を開けて、飛び降りる。

そりゃそれが一番早いだろうけど、オレたちどうするんだよ。


「……秋葉、普通に降りるか? それとも公爵を追うか?」

「えっ」

「……この高さなら連れて降りられるが」


そうだった。司さんも強化受けてるから、二階くらいなら度胸があれば余裕の高さだ。


「……………走ってくから司さん、先に行っててください」


そう言ったところで、自分だけ先に行ってしまう人ではなく、結局ふつうに廊下を歩いて階段を下りて庭に降りるオレとたち。


その間に二度ほど再び召喚がかかった音がする。

「それ」を別室でしていたためか、アスタロトさんと忍も合流したのは玄関先でだった。


「私を喚んだのはお前か」

「ボクがいいって言ったんだよ。ヴォラク、気を悪くしないでくれ」

「……卿か。貴殿が指輪を見出し人間に与えたのはすでに聞き及んでいるぞ」


見た目に反してヘビィなしゃべり方をする。

やっぱり悪魔だな。と先入観と偏見で思ってしまうオレ。


というか、逆に子供の見た目でこのしゃべり方は怖い。


「そして、人間を介し勢力の拡大を目論んでいるのでないかとも」

「!?」

「笑えないね。そんなことをしたいならもっと早くに指輪を探していたろうに」


立場が悪くなるってこういうことか。

良からぬ疑いをかけられている。……っていうか、疑いかどうかわからないのが、魔界事情がわからない怖いところでもある。


なんとなく交渉に入っているような感じがするし、ここは任せるしかない。

ダンタリオンは中立の立場をとるつもりなのか、神妙な顔をしたままそれを見守っている。


「そんな下らないことをいう奴がいたら、伝えておいてくれないか。そもそも悪魔召喚の技術を人間に教えたのはボクたち悪魔だろう。いまさら何を言っているのかと」

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