御岳と事件(後編)
しかし、車両は走り出してしまった。狭い路肩に進路を取って、ものすごい勢いで渋滞を抜けようとする。
「秋葉、シートベルトをしたらアシストグリップしっかり握れ」
「アシストグリッ……うわぁぁ!」
シートベルトをする暇がない。
なんという乱暴な運転。ただでさえカーブの多い首都高だ。
仕方ないので先に窓の上にあるアシストグリップに捕まって何とかベルトをとめた。
「御岳さん! ひょっとしてハンドル握ると性格変わるタイプですか!?」
「……どこか変わったように見えるか?」
「よっしゃ、渋滞抜けた! オレの自由時間!」
いいえ。何も変わってません。
「あとは首都高飛ばして現場まで行けばいいんだな。むかしこういうゲームなかった?」
「むしろバトルです。やめてください! 第二の事故が起こります!」
「局長より安全運転だと思うんだよ、オレ」
そこ比較対象に全くならないから!
司さんはあきらめたのか、アシストグリップを握ったままいつかの通勤ラッシュのコツのように流れに身を任せている。
いや、ふつうに体幹ない人間にこれ、ベルトあってもきついんですけど。
「御岳、ここ降りろ!」
「あ? ……悪い、通り過ぎた」
高速道路だからな。間違えると一瞬だよな。
「現場はここを降りればすぐだったんだぞ。仕方ない……」
というと、司さんはすでにうんざりといった顔でシートベルトを外し
「俺が行くから、あとは安全運転で現場まで秋葉を連れてきてくれ」
ガチャッと一瞬だけドアを開けるとそのまま勢いで外に出る。
ドアは風圧で閉まり、走行する車からはあっというまに司さんの姿は後方になってしまったが、首都高の塀の上を足場にした司さんは一度こちらを見てから、高架下へ消えた。
「……安全運転」
「頼みますよ、御岳さん」
「うん、まぁ渋滞も抜けたし現場は司が抑えるだろうし、次で降りてUターンするから」
緊急用のサイレンも止める。
同時に入って来る、御岳さん所有の無線。
『結局司さんに押し付けた!』
『道交法違反!』
『江東区442D、ペットロス』
『隊長、オレの財布!』
これ、チャンネルどこに固定されてるんだろうか。
どうも全エリアではなく、特定のメンバーにしかつながっていない気はしてきた。
でないと、ものすごい言われようが二期、三期どころか通信室まですべて知れ渡ってしまう事態だ。
司さんがそんなことをするとは思えない。
御岳さんのためじゃなく、他の人の仕事の邪魔をしない的な意味で。
「うるっさい! 江東区は方面違うだろ! ペットロスってなんだ!」
『隼人が一番うるさい』
あ、これ橘さんだ。
「京悟か? ちょっと黙らせろよ、一応今の俺には秋葉を新宿に届けるっていう任務が……あ、またいっこ降りそびれた」
駄目だろ、それぇぇぇぇぇぇ!
どんどん遠ざかってるよ! 首都高の運転怖そうだけど、まだオレの方が間違わないで降りられそうだよ!
『ロック解除のナンバー言うから、切り替えなおせよ。いいか?』
「秋葉、お願い」
「はい」
ぽいっと無線機を投げられた。
「いいですよ」
『秋葉か。じゃあいうぞ、8810‐140』
「なんでお前、知ってんの?」
『一部の人間で共有されてたから』
???
と御岳さんは首をひねっている。
しかし、なぜかオレは自分で入力した数字を見ながら、気づいてしまった。
忍と一緒に仕事をするようになったからだろうか。
その数字の意味はおそらく。
8810(はやと)ー140(いじれ)
だと思われる。
もちろん、御岳さんがそれに気づくはずはなく……本人が聞いたからには、この番号は再び変えられて、それ相応のメンバーに共有されることだろう。
時にはお灸も必要ということか。
新宿はどんどん遠くなっていた。
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