エピソード7~11
EP.7 ウリエルの独白(前編)
人間には失望していた。
あるいは呆れのようなものだったのかもしれない。
何年も、何十年も、もしかしたらそれ以上もの間、人の中で人を見てきた。
急激に世界に知が溢れ、正誤の判断もままならない情報が氾濫しだすと、それはますます加速していった。
人間同士による出し抜き合い。戦争略奪。精神支配。
それらは原始的なものから、より緻密で高度なものとなる。それが進化であるのか退化であるのかは正直なところ分からなくなっていた。
ただ彼らのしていることはといえば、すべてが悪でないにせよ、そのほとんどが、失望に値するものだった。
御前天使。それらは四大天使とも言われる。神の前に膝をつくことの許される第一階級においても、もっとも上位にある熾天使(セラフ)たち。
天界を統べるその役割を持つ天使であるウリエルという名の天使は、今は四大天使に名を連ねない、そんな地域が多い。
天界における調和、あるいは均衡。秩序と言ったものを平定する第一階級の天使たち。それらは神のみが定め、人の定めるものでは決してない。
故に天界においての四大天使の顔ぶれは、事実上変わることはなかった。
人の世界で『ウリエル』を始めとした多くの天使たちが人間にその地位を剥奪されたのは何世紀前だったろうか。その理由は加熱した天使信仰への見せしめだった。
今の日本で言うならば眷属信仰のようなものだろう。人間が勝手に始めたこの行為を、人間の都合でやめさせるべく天界における事実上の地位をも捻じ曲げて、多くの天使が人の都合で堕天扱いにされた。
その後、この見せしめをさらによしとしない者たちがこれらを諫め、かろうじてウリエルのみが「聖人」としての地位に復権された。これが今「三大天使」とされる地域での真実。
全くもって馬鹿馬鹿しいことだ。これらの本質を疑問に思う者はいないのだろうか。仮にも人間でなかったものが人間として扱われる。そのこと自体が異常であることに気づいた者はいなかったのだろうか。
人は愚かだ
その信仰の最中において、罪を金で帳消しにできる免罪符の乱売が行われ、これもまた人の都合で始まり人の都合で終わりを告げた。
同じ「救世主」を祭り上げる信仰であるにも関わらず、それを機に宗派は破れた。何が正しくて何が悪いのか、今はもうそれを論じる者もいない。
幸いなのは、その派閥間においては戦争レベルでの争いには発展していないということだろう。最も同じ神を信仰するはずの、異なる指導者を擁する宗教のあいだでは絶えず争いが起こっているようではあるが。
戦争に関しては宗教に関わらず愚かだという人間も多く存在する。故にその行為においては多くを追及はしない。
国家間の政治的な思惑もあれば、思想上の支配をかけたものもある。理由は様々だ。
僕が見てきたのは歴史上の大きな事件というよりは、変わり続ける人の営みそのものだった。けれど結局は世界には科学技術が溢れ、知恵の実の残滓が世界の距離を小さくしていく。
信仰を掲げる者もそうでない者も、行き着く先は大抵が一緒だった。違うのは「言い訳」だけだ。
そのことに気付いた頃、僕は人に失望をしていた。
だが人は許され続けている。
声にすることは許されない。思いにすることも許されない。
ただ一つ思い返すのは、魔界に堕ちその王となった熾天使、かつての天使長ルシフェル。
魔王となった今はルシファーと呼ぶべきか…その存在だった。
傲慢。
七つの大罪と呼ばれるその一、ルシファーは自らが神になりかわろうと神に反旗を翻したその行動から、その象徴とされた。
あるいは、一心に神に仕えていた彼は、後から作られた人間に一心に神の寵愛が注がれたことに不満を覚え反旗を翻したとも言われている。
天使の歴史にしても遥か過去の出来事であり、諸説うそぶき囁かれ、その真意は定かではない。
確かな事実は、ルシファーの側につき堕天した天使は、当時の天使の総数の1/3にも上ったということ。その理由は様々のようだがその多くが天使としての待遇に不満を示したものであったとも言われている。
時々思う。
ルシファーはなぜヘビに身をやつし原初の人間に知恵の実を与えたのだろう。神の寵愛を受けた人間は知恵を持ち合わせておらず、何も創造せず、また何も破壊しなかった。
現在の人間の愚かさは知恵を得たためであるとも言える。しかしルシファーは魔界に堕天したきり。
堕天使のみならず元々存在していた悪魔たちの王として君臨しながらも一度としてそこから出ることも天界に攻め入ることもせず、かといって人間にも知恵の実を与えたきり。その動向は窺い知れなかった。
ただひとつ言えるのは人は知恵を持ったゆえに、愚かになったというその矛盾。
僕は諦めにも似た気持ちと、失望のないまぜになった複雑な感覚を持ちながら人を、人の中から見続けていた。
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