5.疑惑

「この部屋、なんだか具合が悪くなりそうです。落ち着けるところに出られますか」

「いいですけど……あまり時間がないんです。現場を見てから判断、というところだけしっかりしてくださいね」


そして本須賀はオレたちを連れてさらに隣の部屋へ。

ここも、扉があったわけではない。

壁を抜けた、というとおかしな表現だが、幻術か、瞬間的に移動がかかっているのか。

不思議な場所だ。


その部屋は、家具も調度品もない、物のない物置、あるいは何か儀式でも行うような場所だった。


「……」

「大丈夫か? 忍」


具合が悪くなりそうだというので声をかけるが、反応があまりよくない。

それから、少し遅れて顔を上げると大丈夫だと返してきた。


「現場を見てから判断。……葉月さん、ここで私が拒否をしたら?」


そして、唐突に聞いた。


「その選択肢はないでしょう。想定していないともいいました」

「じゃあ、拒否します」

「忍!?」


確かに怪しい節は多々ある。

だが、本須賀は手順を踏んでここに入っているようだし、必要な説明もしている。

相手が「本須賀葉月」というだけでオレは警戒していたが、むしろ、説明不足な現状で忍が拒否することにも違和感だ。


「困りましたね……」


本須賀は本当に困った、というようにうつむいて口元に手を当てた。

しかし、次の瞬間「あっ」と何かを思いついたように笑顔になった。


「じゃあ近江さんは?」


……そうか、何の影響もうけてない人間でないと何とかできないってことはオレでもいいんだな。

意外なところで、本須賀救済の選択肢があったものだ。

しかし、オレが信用しているのは残念ながら本須賀じゃない。


「忍、なんで拒否したんだ? まだ聞いてないことたくさんあるだろ」

「必要ならお話しますよ。話せないこともありますけど」

「じゃあ聞いてもいいですか」


忍が本須賀に向き直った。


「どうして事態は刻一刻を争うのに、判断する時間を与えるんですか」


確かに、本須賀の態度はどこか悠長だ。

それに本当に一刻を争うのだったら、他に誰かいてもいいようなものではないだろうか。


「だから、断られることを想定していない、と言ったんですよ」

「ではなぜ、現場をみてから判断していいと?」


これが確実な一つ目のボロ。

本須賀は少しだけ沈黙をした。


「説明すれば理解していただけると思ったからです」

「なぜ私を選んだんですか」


もう一度。なぜか忍は先ほど聞いた質問を繰り返す。


「先ほども言いました。信頼ができる人だと判断したから、です」

「……『葉月さんが』ですか」

「!」


わずかな言葉の言い回しの祖語だ。

他の誰かに選ばれたのではなく、選んだ


先ほどから忍はそう聞いている。

そして、本須賀は「自分が選んだ理由」を答えている。自身が判断したのだと。

しかし、本須賀は退かない。


「そうですよ。この件は一任されていますので」

「では清明さんからなぜ直接私や秋葉に連絡がなかったんでしょう。当然、清明さんはあれが忌まわしい予兆の文字だとすれば、知っていると思うしすぐに誰かを手配すると思いますが」

「それはあの方の都合であって、私にはわかりません」


確実なボロではないが、その通りだ。

「なぜ本須賀なのか」が全く筋が通らない。

一任するにしても他に候補はいくらでもいるだろう。


しかし、忍はそこは問わなかった。


「では、最後に聞きます。私が、いえ、私たちが最後まで『NO』と言い続けたら?」

「……」


本須賀は答えなかった。


「要石が壊れますか。もしかしたら、今すぐにでも」

「そういうことになります」


本須賀の言っていることが本当だったら?

万に一つの可能性とは思うが、しっぽを掴めない内部犯、直情的な本須賀がそれほど利口とも思えない。

その可能性も捨てきれずに、オレは歯噛みした。


「ここで選んでいいといった。断られることは想定していなかった。大役だから、なおのこと。時間はない。……協力する、と言ったらそれでいいですか」

「もちろんです」

「協力した後、わたしたちはどうなりますか」

「……当然に、地上までご案内して戻りますよ」

「嘘ですね」


先ほどは少し具合が悪そうにしていた忍の表情は、消えていた。

具合の悪さではない。

感情が消えている。


忍の中で、何かが確定した証拠、あるいは感情が消えるほどの度を越した嫌悪や怒りのようなものが現れ、消された時が、こうなる。


「本須賀、ここに来るまでの正規のルートってなんだ? これだけ整備された施設にあんな方法で来るなんて『普通じゃない』んじゃないのか」


オレもその疑問を口にする。


「近江さん、ここが普通じゃ入れない場所だと言ったら?」

「オレだってそこまでバカじゃねーよ。あんな場所から術師が出入りしていたら、余計目立つだろ」

「監視カメラの件は?」


そう、それを言われてしまうと言葉に詰まる。本須賀はここに来てからは、道順に案内をしているのだ。

すべて映っているだろうし、ここはそもそも普通では入れない場所。


それが矛盾で、全てを否定しきれない一因でもある。


「葉月さん、おかしいよ。そんなに監視カメラを引き合いに出すなんて、逆に不自然だ」


一方で忍が三つ目となるであろうその矛盾を引き出した。


「皆記録されて監視されてるから、逆に安心? 悪いけど、今はそれを逆手にとっただけにしか聞こえない」

「では、私が嘘を言っているという証拠を出してください」


今度は本須賀がそう提案する。

それがないから、判断に窮する。

しかし、忍の答えは単純明快だった。

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