8.ダンタリオンの日常

朝4時、就寝。


彼が朝方眠るのは、悪魔だからというわけではない(と思われる)。

単に、例に挙げるその日が、朝帰りでマイペースに寝入ったのがその時間である。


そして、午前10時起床。


「お前、30分も何遅れてんの? しかも食事しながら打ち合わせって舐めてる?」

「しょーがねーだろ。10時に起きるのだってきつかったんだ。というか、起きてやったんだ、感謝しろ」

「大使として見事に失格だ。オレの予定は1週間も前から決まっていた」


午前10時30分。

外交官と(一方的に)会食。


「公爵、今食事したらお昼ずれません?」

「適当にまた食べるからいいの」

「不摂生の塊だな」


なんやかんや言われながら、全然気にしないまま、12時前、解散。


「お前らこの後何か用あんの?」

「昼取って午後の仕事」

「私も」

「予定通りだな」

「そーかい。当たり前のこと聞いて悪かったな!」


抽象的な返答でさばかれて、時間を破ったことを暗に責められる。

いつも通りのノリでいつもの通り過ぎて午後2時。


昼食。



「公爵閣下、3時にはお台場へ参りませんと」

「あーそっちは遅れないようにするから。車回しといてくれ」


一応、有能な執事がついているため、スケジュール管理はばっちりだ。


「君ね……そうやって軽んじてると、その内、あの子たちに見捨てられるよ?」

「別に軽んじてるつもりはない。あいつらだから多少あぁでも許されんだよ」

「知ってるかい、大事なものこそ順に大事に扱わないと、いつか失くすことになる」

「なんで悪魔に説教受けなきゃなんねーんだよ!」


居候をしているアスタロト公爵に説教される。


「別に説教のつもりはないよ。そう感じるなら君自身がどこかでそう思ってるってことだろ。君、友だち少ないからね」

「……悪魔に友達とか、お前、何言ってんの……?」


午後3時。

他神魔の大使とお茶会。


交流と情報交換も仕事のうち。←仕事してた



午後4時半、解散。

そのまま銀座で車を降りてぶらつく。


人間社会の日常視察も仕事のうち。←本当に仕事か?



午後6時半、モスドナルドにて軽食をテイクアウト。

いつもは絶対寄らない場所だが、限定でごはん照り焼きなんてものがあったために、心惹かれてみる。

しかし、パンズを米にしてモスドナルドとしての意味があるのか。


日本人の面白いところだと思いつつ、さらに単独視察。



午後8時。仮眠。



その後、浅草橋を越えて歩く。

駅からも離れ、暗いが静かな路地へ。


午後9時半。

アンダーヘブンズバーへ到着。


午後10時

馴染みの神魔と情報交換。


場所が場所だけに胡散くさい人間も多いが、情報は割と確かだ。

混沌とした情報とどこかひそやかな空気の中に、バーテンダーの振るシェイカーの音が響いて混じる。


「またここに来てたのか」

「そういうそっちは珍しいな、ここはあまり好きじゃないんじゃないのか?」


暗い店内に神魔の客が増える。

このバーはこの時間からが、ある意味、本格稼働だ。


「そうだね、せっかく人間界に遊びに来てるのに、ここはまるで魔界じゃないか」

「ははっ、カミサマもいるだろ」


このバーは、今はほとんど知る人ぞ知る神魔御用達。

すでにほろ酔い気味なのかダンタリオンは隣に座ったアスタロトにそしてマスターを指し示した。


「それにほら。ちゃんと経営者は人間だ」

「公爵、今日はまたご機嫌ですね。アスタロト様は何か飲まれますか?」


カウンターの向こうにいるのは、バーテンを兼ねた日本人。

ほの暗い店内で、ほの明るい灯りをバックに、うっすらと穏やかなオリエンタルスマイルを浮かべている。


「適当に、人間用のを作ってくれるかい?」

「人間用でない怪しいものはさすがに扱ってませんよ」


苦笑しながらマスターは、かちゃかちゃと洋酒の入った瓶を何本か用意し始めた。


「で、わざわざここに来た理由は」


もう仕事は終わりの時間。

適当に飲んで、情報を仕入れて、帰って寝る。


今日のポカミスがあるから、そこは反省して早めに切り上げる。

そんなつもりで、いたところにさんざん館で顔を合わせている魔界の貴族が来たというのはどういうことか。


聞くと、アスタロトはいつも通りだが、なぜかどこか呆れたような、何と言ったらいいのかわからない笑みを静かに浮かべた。


「みつけたのさ。『指輪』を」

「!」


そういって取り出す。すぐにわかる。それはレプリカだ。

けれど。


「今はまだボクらには触ることもできない。けれど、必ず必要になるときがくる」


午前0時。


今日最後の、あるいは今日一番最初の、クラシカルな柱時計が時を告げる。



「『ここ』へ持ってくる、その方法は君の方が早く探せるだろう。……今度は、君の番だ」



そういってアスタロトは、ダンタリオンの手の内に銀の指輪を軽く落とした。


「どうぞ、ジャッジハンズです」


アスタロトの前に、ことりとカクテルグラスが置かれる。

シャンパンシルバーの、美しいカクテルだ。



柱時計が告げる音は12回。

夜の闇に溶けるように、ゆっくりと尾を引きながら鳴り響いていた。

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