5.曇天(1)ー予兆と予感と……
よく晴れた日。
それはやってきた。
だから、今は、そんな天気の日は「いい天気」という言葉に抵抗を覚える人もいる。
曇天だった。
今しも雨が降りそうだ。
オレはなぜか、唐突に思い出した。
「そういえばダンタリオンに初めて会った日がこんな天気だったな……」
「そうなの? ……雨でも降るのかな」
黒く立ち込めた雲。
暗雲、とはよく言ったものだ。
夜でも明るい街が、昼なのに暗く見える。
「……」
ふと、足を止めて司さんがそれを見上げた。
まるで見回すように。
少し、違和感を覚えたけれど、それだけだ。
が、忍が聞いた。
「どうしたの? ……『要石』に何かあった?」
「!!」
それは司さんであっても話してはいけないと思われる話だ。
「……」
視線を下ろした司さんは少しの間黙って忍を見返していたが……
「いや、そうじゃないようだ」
歩き出す。
「え、それって……」
「やっぱり、司くんも聞いてたんだ」
今の会話だとまるで、忍と司さんは情報共有ができていたかのようだったが、そうではないのかそんなふうに忍は小さくため息をつく。
「秋葉と……忍もか。秋葉はわかるがどうして忍が?」
「……秋葉が一人で背負えないって」
「待ってくれ。話を進めないで」
「最近、こんな天気の時は司くんが神経張って空を見上げることが多いから、何かあったんだろうなと思ってはいたんだ」
この説明はオレにだった。
これは観察力の歴然とした差だろう。
どうやら「それ」を警戒していたのは、今日に限ったことではないらしい。
「それで今日は釣ってみたんだな」
司さんはそういって小さく呆れたような笑みを浮かべた。
なんだか、珍しい表情だ。
「釣れなかったけど、まぁ司くんもこっちにあたりをつけていたということで。共通認識できる人が増えたのは、いいことだと思う」
そうだな、司さんが知っているというのは、確かに予想の範疇だったけども、確認はできなかったわけで。
はっきりしたなら、それで良かったんだろう。
「空で何かわかるの?」
忍が聞いた。
「……たぶん、聞かされている情報の範囲が違うから、答えられることだけ答える。いいか?」
雑談の延長のような質問に、司さんが確認をしてから続けた。
「『石』に何かあった時は、天気がこんなふうになるらしい」
「えっ、これってそのせいなんですか!?」
立ち込める暗雲。
雰囲気的にはそれっぽいが、そういえば、最近多いような……
オレは他意もなく声を上げる。
「いや、今日は……というか、これまでもそういう兆候は見えてない」
「と、いうことはこの天気の見方でその兆候がわかるってことだね」
「……」
これ以上は、特殊部隊の、というか司さんの権限内なんだろう。
そもそも本来の警戒対象が、オレたちの手に負えるものではない。
「それは教えてもらえないんだ」
「知っても仕方ないからな」
「でもいち早く気付いたら連絡できるかもよ? 室内にいるときとか」
その通りだった。
いくら特殊部隊でも地下にいては空の様子は直視できないだろう。
「モニタリングは術師の方でもしてるらしい。俺たちは目視での警戒という意味で、役割があって」
「わかった。御岳さんと南さんにも『石』の情報が行っているだろうということが」
「……」
忍が言の葉を拾い上げて、情報枠を拡大している。
こいつの前でうかつな発言は命取り……というか、味方につけている分には何ら問題ないんだけど。
「そういうことを言うとこれ以上何も喋らないぞ」
「聞き出すつもりなら、わざわざ口にしたりしないよ」
そういうところもある。
結局、口にすることで自分が把握したことを司さんに伝えただけだろう。
引き際も心得ている。
それがわかったのか、司さんは譲歩してきた。
「本当に危険な時は、一番危険なところに円環状に薄く雲が巻く。あとの暗雲はそこを中心にして広がるように」
オレたちは揃って、空を見上げた。
雲が立ち込めているのは、一方向で、それと反対側は普通に青空がのぞいていた。
普通の天気だ。
「兆候が見えたら二人とも、それぞれの庁舎に戻れ。特に忍」
「はい」
聞き分けいいふりやめろ。
ちょっとだけ何か言いたそうな顔をしたが、無駄と悟ったのか司さんはオレの方に顔を向ける。
「秋葉も明らかにそれだとわかったら、外交は中座してでもいいから戻るんだ。大使クラスの神魔は意味が分かるはずだから、問題ない。もちろん、護所局の上の人間も」
「……なんか、私たち、情報聞かされた意味ってあったのかな」
「そうだな、そんなことも知らなかったもんな」
ただ、繋ぎ役というのなら、その後に何らかの形でお触れが出るだろう。
いずれ、指示があるまでは何もできないし、しない方がいい。
「すぐすぐ何が起こるというわけじゃないから、念のため、くらいに思っておいてくれ」
余計なことを言ってしまったかと司さんがため息をついている。
そういえば清明さんからもそんなことを言われていたような。
オレたちはそうして、曇天の空の方へ再び歩き始める。
なんでもない天候が、急変する日が来るなどと思いもせずに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます