2.籠国の天使(1)ーパリのロンドンに渡米する
結局。
国は、天使の再来に対処するために捕獲したそれらを研究対象としていたこと、それらが逃走し今回の事件が起きたことを、公然と明かし陳謝した。
マスコミはその日からしばらく、その話題ばかり報道している。
テレビも新聞もSNSも、そんな話題でもちきりだった。
「隠蔽がなかったのはともかく……うんざりです」
「確かに、いつまでも引きずるのもな」
ネットは炎上するし、炎上させてるやつらはろくに事実を見ないで便乗してるやつらだし、陳謝した政府も結局「人間のため」とか理由くっつけて来るし。
……事実であっても、言い訳にしか聞こえない。
「いままで隠蔽していた理由は『公開すると混乱が予想されるから』。……ベタすぎてどうしたらいいのかと」
「どうもしなくていいんだよ。それより、森さんとか大丈夫なの? 怒ってなかった?」
敢えて司さんではなく、森さんのことを聞く。
忍はまだ残暑の続く中、冷房の効いた喫茶店の正面の席でつっぷしている。
「……怒ってた」
突っ伏したまま答える。
「というか、怒ってる」
現在進行形か。
「あまりにも引っ張られると、怒りの引き際がなくなるよね。もうネットとか見たくない」
「情報系が商売あがったりだろ」
「別に大衆向けの情報サイトで稼いでいるわけじゃないから、関係ない」
見たくないというか、見ていないだろうこれは。
ただ、街を歩けば街角の大型ビジョンにはそんなものが映っているので、自然と目や耳には入ってしまう。
「私は沖縄のパリのロンドンに、渡米したい」
「結局どこに行きたいんだよ」
というか、海外はやめておけ。
出国手段すらないぞ。
「じゃあ魔界に移住する」
「もっと危険そうだから!」
駄目だ。こいつも精神的にやられ始めている。
気力は人並み以上にあるが、所属している組織が腐れていると思うと、離反したがるタイプだ。
魚と同じで、人も棲む水を選んだ方がいい。
「世論が割れているのも確かなんだよね。ただ煽ってる人はともかく、やり方がまずかっただけで、必要性は私も否定はできないよ」
肯定もできないけど、と付け足す。
天使を捉えて研究すること。
それは、毒虫を研究して対処法を知るのと同じように、有事の際に役立つことではあったかもしれない。
けれど、結局、問題が起きた時に痛い目にあうのはそれを決めたお偉方ではないわけで。
ただでさえ、忍がいなくなってほしいと思う人種だろうに、そこに知り合いが巻き込まれたとなれば腹の虫がおさまらないのは確かだろう。
オレだって、司さんはもちろん、浅井さんや他の特殊部隊の人たち、それに協力してくれた神魔とは知り合いも多いから、わかる。
「世論ね……確かにその時は来るかもしれないから、ってやつ?」
「そう。それも否定できない。そういう意味では、私たちにとっても典型的なデモンストレーションにはなった」
移動や連絡、連携のとり方。
洗い出された問題点。
それらは無数にあるだろう。
天使たちの数が少なかったこと、そして向こうから無差別に攻撃してこなかったことなどを考えると「安全に訓練が出来た」と言われてしまえばそれまでだった。
それを言わせないために、忍はダンタリオンをけしかけたのであろうが。
こういう時、感情的にわめいて怒りまくることができない人間というのは、逆に大変だなと思う。
「司さんも似たようなこと言ってた。……そういえば、エシェルが司さんたち『ゼロ世代』は本来は対神魔じゃなくて対天使を想定して訓練された、って言ってたっけ」
「だからこそ、みんな何も言わないんだろうね。たぶん、司くんだけじゃなくてゼロ世代の人たちは、みんなそう思ってると思う。……複雑だ」
このまま考え続けられても、ループしそうなのでオレは話題を少し、変える。
「とりあえず、厚木の件に関わったやつらは全員辞任だろ? ……辞任すればいいってものじゃないけど、国内にいた天使はあれで全部だったみたいだし」
「これ以上隠し事があったら、本当に神魔にも見放されるからね。さすがにウソは言わないと思うけど……」
ちなみにダンタリオンは以下のようなことを言ったらしい。
「そいつらみんな、更迭しろ。信用問題だ」
と。
……悪魔に信用問題を正される、日本の政治家はどーなのだ。
二度とそういうことをしないように、誓約書も書かせたらしい。
それは、神魔に通用するものと同じく特殊な誓約。
破った時には悪魔の呪いが降りかかる。
と脅した上で。
……もちろん、ただの紙切れで嘘だ。
が、とんでもなく怯えさせて清々したのか、最後に会った時は相当すっきりした顔をしていた。
「神魔のヒトは心が広いよな。それをやったのは、一部の人間でオレたち全員一括りにしてこないし」
「それを一括りにして水没させようとしたとかそういう話は世界各地にあるから、せっかく善意で来てくれてるんところ、本当に信頼を裏切るような真似はしちゃ駄目だよね」
「そうだな」
親日のヒトたちをガッカリさせるような真似はしたくない。
それは普通に、神魔の見えない時代から親切にしてくれる人に対して抱くのと同じような気持ちだろう。
「だからオレたちがガッカリしてたってしょうがないだろ? ……そういえばヒルズからエシェルのとこって近い感じがするんだけど、大丈夫だったのかな」
「結界は1キロって言ってたからね。あとで確認したら、直線距離で1.5キロではあったけど、結界外だった」
「めちゃくちゃ近い!!」
確認済なところが忍らしいが、それ近い。近すぎるだろ。
「大使館からめちゃくちゃ徒歩圏内じゃないか。……徒歩でお出かけしてたらどーすんだ」
「そうか、なんとなく館内にいる気がしてたんだけど、その可能性があった」
「いや、その可能性の方が高くない?」
「だって平日で仕事だったら館内でしょ? 仕事内容は不明だけど大使の肩書あるし」
そうだな、どこかの魔界の大使みたいにふらふらしてなさそうだもんな。
散歩にはうってつけの庭もあるわけだし。
「連絡くらい取ってみるか。遅くなったけど」
とりあえず、メッセージを送ってみる。
割とすぐに返信が来て、その日はでかけていたが特に問題はなかったようだ。
天使の姿も目視できる場所にはいたらしい。
「日本のお偉方に嫌気がさしたから、ちょっとエシェルのとこにでも行くか」
これは忍の提案。
「……エシェルのとこはいいけど、その理由は一体」
「なんかばっさりバカとかなんとか斬り捨ててくれそうだから」
少年のような見た目に反し、癒し系ではない感覚は共有している模様。
「気になるしオレも行くわ。一応、連絡する」
「よろしく」
珍しく忍はやる気なさそうに、だらだらしている。
よほど、気を張ったところにあれでは、まぁ反動は大きいだろうなと思いつつ。
今はちょうど昼過ぎ。
エシェルの予定は空いているようだ。
こちらは午前中の外務を終えたところだったが、マスコミのおかげでいつまでも昨日の今日のような感覚に、連日こんな感じで仕事をする気にならず、結局休みをとって、そのままエシェルのところに行ってみることにした。
制服姿のまま、二人で歩く。
……だったら仕事扱いにしてもよかったんじゃないかとふと、思ったがやはり疲れていたのだろう。
気付くのが遅かった。
オレの有給休暇は0.5日減った。
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