5.武装警察24時(1)-新人採用試験中-

特殊部隊が、三部隊に分かれるらしいという話を聞いた。

司さんには会っているが、内々の事情……自分の話はあまりしないので、人づてに、だ。


2年前にできた組織なので人員が圧倒的に少なかったのが、いままで一部編成だった理由の一つ。

それに加えて、実技どころか、様々なものの扱いを要される狭き門。


『競争率が高くて入るのが難しい』という意味ではない。


今でこそ憧れる人間も出てきたが、当初は『ふるい落とされて残る人間が少なかった』という方の意味だった。


聞くところによれば、当初は採用枠なんていうものはなかった。

元自衛官や警察など、腕に覚えのある人間も含めて全員参加から始まったそれは、ほんの数日で半分以下になり、脱落者が続出。


結果的に残ったのは「経験のない若手」の方が多かったらしい。


下手な経験があったから、ついていけなかったのではとささやく人もいる。

常識というものが壊れた時だから、それで入ろうとする人間は確かに甘かったんだろう。


ともあれ。


司さんたち初代の人たちは、当時のことを語らない。

大体聞くと、遠い目になって「あぁ、地獄だったな……」くらいに互いに言い合って終わってしまう。



一体何があったのか。



オレに聞くことはできないが、司さんが今の仕事より訓練の方が大変だったと言っていたのは聞いたことがあるので、相当なものだったんだろう。



特殊部隊が出来て2年と少し。

初代メンバーは過酷な訓練を抜けて、組織ともどもゼロからのスタートを切った精鋭であり、密かに「ゼロ世代」とも呼ばれている。


1というのは、すでに1というスタート地点から始まる状態で、これは2年目に補充された人たちの状態の方が近かった。


その時は、試行錯誤ながら組織が大分安定してきたのと、社会環境、ゼロ世代という先輩がいたことを考えると、想像に易い。



ただ、環境が恵まれる分、力量差は反比例しがちと聞いたことがある。




……そんなわけで。


特殊部隊は3年目の候補生を迎えることになる。

一般公募は翌年だ。

現在は、すっかり増えた一般の武装警察から異動希望を取っているところらしい。


いきなり訓練だとかそういうことは、手間がかかりすぎるのである程度、地盤固まっている人間を異動させた方が、スムーズに仕事がはかどるという上の思惑だ。


社会的にも、各校に神魔関係のカリキュラムが出来たり、護身術系の講義も設けられるようになったのでまぁ、このまま何事もなければ「自分の身は自分で守る」人も増えていくのだろう。


ともかく、今回は、元々武装警察「だから」入った人間が大量に、異動希望を出しているのも目に見えた。



少なくとも、街で会った一木たち見回り組は全員が希望するとか恐ろしいことを言っていた気がする。



…………。


ちょっと、気になる。

その日、オレにしては珍しく、わざわざ用事を作って特殊部隊が起点にしている建物へと足を運んだ。


* * *


俗にその場所は「詰所」と呼ばれている。

実際には、外観や内装は外交部のオフィスとあまり変わらない。


ただ、24時間体制で誰かしらが勤務しているので、夜勤に利便性のいい作りになっていたり、広い敷地内の中には訓練場のような場所もあるようだ。


一度くらい、見学してみるのもいいかもしれない。



防衛省に匹敵しそうな物々しい警備(といっても一般の警備員だ)をあっさりパスして、進んだ先。


割と近い場所にメインフロアがあった。


事務員は護所局特有の、白に青系と言った配色の制服を来ているが、どう見てもただの事務員だ。

役割があるから当然なのだが、ちょっと意外というか。


特殊部隊の人でないのはすぐわかったので、声をかけて案内してもらう。

彼らの言う「詰所」はもっと奥だった。


「……緊急出動とかあると思うんですけど、意外と奥なんですね?」


案内をしてくれた男性になんとなく聞くと、えぇ、と笑いながら答えてくれる。


「だから外に直接出られる専用通路のある方なんですよ。表は、門までも結構遠いでしょう?」


確かにそうだ。

省庁関係というのは、庭も整ったりしていて、表は無駄に広い。


「専用棟ですから、私たちもよほど用がない限りは入らないんですよ」


そうだよな。

よく考えてみれば、最初は20人弱だったっていうし、次の年に同じだけ入ったも40人にも満たない。

今年20人補充されれば、やっと一部隊20人規模になるのか。


などと考えながら、渡り廊下を抜けて詰所本部へ入る。

そこにいた特殊部隊の人と引継ぎをして、案内されることになった。


行き先は無難に、司さんのところだ。


「秋葉さん、久しぶりですね。最近は隊長と組むことが多いようですが、順調でしょう」

「へ? あ、えぇ。司さんだとすごい安定感ありますからね」


そうでしょう。

と笑うその横顔に、オレは記憶をたどる。


……多分、メンバーが安定してない頃に一緒だった人だ。

立ち居振る舞いからわかるというわけではないが、最初の世代の人ではないと思う。


「異動希望者の方、もう選別入ってるんですか」

「えぇ、書類上、受理された人は順次適正試験中です。その間は宿泊棟の方にいますよ」

「……宿泊棟とかあるんですか」

「詰めることも多いので」


想像以上に、時間のやりくりが難しそうな部署だ。

知らないことが多すぎる気がする。


「今年は、凄いめんどくさい奴らが来てませんか」


この人はとてもまともそうだったので、普通に聞いてみた。

苦笑が返ってくる。


「希望者は多かったですね。なので、選考落ちも順次ですけど」


何故書類選考だけで落とさないのだろう。

今回に至っては、それも重視した方がいいと思う。



それは、司さんの執務室に近くなるとことのほか、「あたり」であることがわかってきた。


案内してくれた人が首をひねっている。

その部屋の前では、ちょうど何人かが集まって、こそこそしているところだった。


「どうしたんだ?」


同僚らしき人に聞いている。


「いや、今年来た候補生たちとついうっかり、俗世な話に盛り上がってしまって」


いいんじゃないですか。

あの世の人じゃないんだから。


しかし、その本当の意味は次の発言で明らかになることとなる。


「隊長がどういう人なのかという話になった時に、隊長の前で下ネタなどの話をするなどもってのほかという意見と、意外とやわらかあたまだからいけるんじゃね?みたいな意見が出てしまい」

「もってのほかだーーーーー!!!!」


やっぱり、案内してくれた人は常識人だった。

というか、それをみんな自重していたということは今まで、全員一致で、同意見だったというわけで。


「なんでそんなことになったんですか……」


オレも同じ意見なので、つい横から口を挟んでしまった。


「だから、一般の方から流れてきた若手につられてつい……」

「冗談で済んだんだろう?」

「済んでいたらここに集まってしまっていると思うか?」


同じ配色の制服なこともあって、オレがここにいることより、司さんの話の方が重要と判断された模様。


そちらの話を優先して続行している。


二人揃って顔色を悪くしていた。


「もしかして先入観で話をしないだけで、意外といけるんじゃないかというところで、終わるはずが……冗談を真に受けてさっさと動いてしまう奴ってどこにでもいるだろ」


特殊部隊(ここ)には、いないけどな。

と付け加えて、ここに集まっていた一人である彼は、ため息をついて先を見た。


「勇気ある候補生一人が、やらかしている最中で」

「手遅れか」

「手遅れなんだ」


さすがに報告・連絡・相談がきっちりしているというか、的確なやりとりに概要はつかめた。


つまり、アホな候補生の一人が今、司さんを相手にやってはいけないことをやらかそうとしている。



それで冷や冷やと連帯責任でもって、会話に関わった人間がここに集まっているということか。


ざわり。


ふいに前方がざわついた。

「あいつアホか!」「行きやがった!」という隊員の反応だ。

全くいい予感はしなかったが、オレは司さんのいると思われるその部屋をひっそり覗いた。




一木がいた。




もうだめだ、終わっている。

終わっているのは、主にお前だ。一木。



しかし、オレの予言めいた滅亡の行き先は、まだ前途知れず。

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