そして、収束。

「閣下はお身体が大きいので、コーナーに入られてもお降りになられる方が無難かと存じます」


狙っているっぽい様子に目ざとく釘をさす。

そうだな、明らかにはみ出るもんな。

死角とかそういうものは全然見る影もなさだもんな。


『そうか……』


なんでちょっぴりがっかりモードなんだよ。


「東京を過ぎたらちょっと人が減ったか?」

「乗り換え的に、中間地点っぽいしね。情報上では一番混雑するのは品川までだったはず……」


周りに隙間が出来てきた。

それとも、乗車する人間が察知して隣の車両に移っているか。

いずれ、ラッシュ体験もこの辺りまでだろう。


『おぉっあれは昨日の、アメヤ横丁ではないか』


窓の外を見る余裕もできて、昨日行ったばかりのアメ横を見てなぜか嬉しそうなベリト閣下。

楽しい思い出ができたということだろうか。


「閣下、この御徒町駅からは次の上野駅が見えるんですよ。歩いたほうが早いと言われる区間の一つです」


実際は、そこだけ移動するというわけじゃないから、客がいる。


『そのような短い区間に駅を設置する意味が分からぬが……』

「どうなのでしょう。上野は地方とのターミナル的な役割もありますから、上野駅からアメ横を歩いてそのまま土産を買って地方に帰る人には良いのでは」



今、思いついただろう。



まぁこれは閣下相手に限らず、いつものことか……

上野に到着。

長かったようで、たった30分足らずのメインイベントが終わった。

もう、一日分が集約されているようなボリュームだった。

……恐ろしいことに、まだ8時半だ。


「この時間だと、お店も開いてないですね。車が来ているはずですから戻って一度、休憩いたしましょう」

『余はまだ疲れておらぬ』


オレたちが限界なんだよ。


管理職はきちんと下の人たちの健康状態とかにも目を配るのが仕事だと心得てほしい。


「閣下、我々武装警察は霊装を受けておりますので、それなりに消耗はしないのですが、こちらの二人は」


長くしゃべるのが嫌なのか、そこで一息入れてオレと忍を見る司さん。

ある意味、司さんも消耗している。


「本日は、通常の出勤と異なりガイドをしながらのあの状態です。引き続きどこか見られるご要望があれば、他の者を手配しますが……」

『ふむ』


オレは司さんに上司になってもらいたいと思った。


『どこも開いておらぬというのならば、仕方なかろう。お主たちのことは気に入った故、他の者に案内してもらおうとは思わぬ』

「………………光栄です」


同様の旨の意味を込めて、オレと忍は比較的棒読みに、その言葉を返した。



* * *



昼までが長すぎる。解放されるまでが長すぎる。

ここからは、車での移動になるとはいえ、まだ9時少し過ぎ。

休憩もらってるけど休めてる気がしない。


「閣下は大分ご機嫌のようだな~」


ダンタリオンが現れた。


▽ 倒す

  倒れる


コマンドが脳内によぎったが、オレはソファでぐったりすることを続行する。


「初日は怒りまくっててどうしようかと思ったけど、今日はそうでもないですね」


あまりだらけられるとこっちもだるくなるからやめて。と忍に言われてオレは体を起こした。

あの状態だと一番消耗しているのは忍のはずだが、うかがい知れない。

止めてというからには、本当にやめてほしいんだろう。

……自分の気持ち的にも切り替えたほうがよさそうなので、姿勢を正す。


「昨日の夜も結構機嫌よくてな。人間界で怒ってない閣下を見たのは初めてだ」


どれだけ人間界嫌いなんだよ。


「こんな時世だからかなぁ……日本には召喚されたことないって言ってたし、半分、神魔の国みたいなものだもんね」

「魑魅魍魎、妖怪、神族、竜……日本は元々神魔の国みたいなもんだろ」


八百万やおよろずとはよく言ったものだ。


「それよりもよくこんな役押し付けてくれたな、お前、オレを殺す気だったの?」

「オレも昨日は指名された時点で、死ぬかと思った」

「自分で蒔いた種だろが!」


魔界の貴族にとっても扱いが大変な王様らしい。


「で、あと2時間ってとこだが、どこまわるんだ?」


ほいっとダンタリオンは忍に何かを放ってよこした。カメラだ。


「回るの大変だし、カメラ来たからバーベキューでもやるか」

「ファミリーっぽいな。誰がお父さんなんだ」


そんな設定して何の意味があるって言うんだ。


「季節的にはありだとは思うけど……観光とかしたいんじゃないの?」

「じゃあやっぱり大江戸〇泉だな。秋葉が一緒に入ってガイドすればいい」

「青空庶民体験バンザイ!!」


わー。ともろ手を挙げる。


確かにあの施設は時間も潰せるし、一か所でいろいろ事足りそうだが、風呂に入っている間、忍はいない。

司さんも護衛で来ている限り、風呂に浸かっている場合ではないだろう。

二人きりとか、文字通り致命的だ。


「体験がメインなら、下手に観光連れまわすより、もうそれでいい気がしてきた」

「いいんじゃないのか」


みんな無駄な労力から解放されたい模様。

連れまわすにはガイドが必ず必要だし、一般人がいるところでは何かしら問題が起こる可能性が高いので、各々息抜きできそうなバーベキューは、そう考えればそんなに悪くない。


「公爵も一緒に来てください」

「お願いじゃなくてそれ、来いっていうニュアンスだよな?」

「今から材料買ったりするの大変……あ、買い物も閣下とすればいいんだ」

「それじゃバーベキューで放置作戦にならないだろ!?」

「いいのかなー閣下に言ってやろー」


やめて。

本気でやめて。


放置自体無理なことはオレも認める。


「庶民の買い出し、イトーヨー〇ドーを体験してもらえる上に、時間が潰せる」


そういう意味か。


「十時開店で買い出し体験、ちょうど昼食で解散か。……楽そうだな」


司さん、ぼそっと付け足した本音が聞こえてますよ。



かくして……オレたちはその後、魔界の大使をも巻き込んで、肉だの野菜だのの説明をしながらなんでもない海浜公園での5月最後のひと時を送るのだった。





天気がよくて、本当に良かった。



* * *



-後日談-


ベレト王はそれから数日、他県を回ったのちに魔界へ帰っていった。

おもてなしに関してはいたく気に入られた様子。


「お前たちは余を案内するために、様々な情報を調べ、よくガイドしてくれた。褒めて遣わす」


青白い馬に乗って、来た時と同じようにフルオーケストラをBGMにシジルの向こうへ消える。

現れた時より、全く怖いヒトではなくなっていた。



「ちゃんと働きを見てくれる上司っていいよね」

「無理だろあれは」


二度とごめんだと思いつつ。



「秋葉、また来るって言ってたからまた頼むわ」

「だから二度とごめんだって言ってんだろ!!」



その日が来ないことを祈る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る