時間見の悪魔たち(後編)

「駄菓子屋はおもしろいのう。童心に帰れるというか」


悪魔にも子供時代ってあるんですか。

というか、魔界のこどもはこんな駄菓子家系列の遊びしてるんですか。


聞きたいことは色々あるが、知っても無意味な上に、ツッコミに近いそれを聞くほどの勇気は、オレにはない。


「こんなものもあるぞ? トランプじゃの」

「……普通にトランプではなく……?」

「マジック用じゃ。種は簡単じゃが、これは……いかさまに使えるのう」


……………………………………誰との勝負でですか。


「100均とやらに売っておった」

「アスタロトさん、一体どこに案内してるんですか」

「100均は今やほとんど日本の文化だろう? 品ぞろえも店それぞれで、都内の大型店をめぐるだけでも一日潰れてしまうね」


……本当に、時間が「潰れる」という言葉が合っている行程に思う。


「わしは初めてだし、アスタロトは遊び慣れているようだし夜はダンタリオンにお勧めの店を案内してもらう予定じゃて」

「……お前のお勧めってまたろくでもないところじゃないだろうな」

「失礼な。悪魔には悪魔のツボってもんがあるんだ。ふつうの店に行ってもつまらないだろうが」


やっぱりふつうじゃないところなのか。


「あのですね、アガレスさん。アスタロトさんも日本に詳しいみたいだけど、初見で回るところじゃない気がするし、楽しむのはいいけどそれが日本のすべてだと思わないでくださいね」

「オーケーじゃ。把握」


いきなり、若者みたいな言葉を使いだした。

キリっとした顔に、忍が大うけしている。


「駄目だ……日本の印象が、まともなところから乖離していく……」

「そんなことないよ。ちゃんと普通に、靖国神社とかも案内してるから」

「……なんでよりにもよって、靖国神社なんですか?」


別に悪いとは言わない。

しかし、あそこは確か、ふつうの神様ではなく割と近代の戦争にまつわる英霊(国によっては戦犯とも言われる)を祀っている場所だ。


「明治神宮とかの方がいいんじゃ」

「あぁ、確かにそっちの方がメジャーだったね」

「秋葉、悪魔のヒトが神社を参拝することに対してはもう、スルーなんだね」


はたとする。


そうだよ、そこからだろ。

オレの感覚も大分、狂ってきている。

ちょっと頭を抱えたくなった。


「まぁ、神魔が互いに街角で挨拶するようなものだから、ボクはあまり気にならないけどね」


そうか、そういう見方もあったか。

不思議大発見みたいな、目からうろこな見解だ。


「いろいろなヒトがいるからのう。今日もこれから、サバトに行くんじゃぞ?」

「サバト!!?」


別名黒ミサ。

オレの中では、ヤギ頭の悪魔を前に、生贄の祭壇と黒ローブの人間という、ダークでテンプレなイメージしかない。


「ふつうに懇親会。アガレスは語彙が多いから、まともに受けてると会話が成立しないぞ」


そうか、それでさっきからオレは振り回されっぱなしなんだな。

逆に忍は落ち着いたままだ。


「ふむ、腰を据えて人間と話をするというのもなかなかないものじゃ。人間万事塞翁が馬というが、あの事件あってこその奇縁じゃな」


いうことが、すごい老獪なんですけど。

もはや、見た目も手伝って、人間じゃないだろ、というつっこみすらでない違和感のなさだ。


「我々は誓約ゆえに未来を見てやることもできんが……」

「いや、オレ未来とか知りたくないんで」

「そうなのかい? ウァサーゴにしろアガレスにしろ、人の過去未来を読むことを目的に召喚されることがほとんどだから、少し意外なんじゃないかい?」

「そんなことはない。それが本来の人間の生き方じゃろうて」


このヒト、悪魔じゃなくて仙人とかなんじゃなかろうか。

悪魔と言うイメージの片鱗が出ないので、こういうヒトに会うと、認識の壁や境界が曖昧になる。


「わしを呼ぶのは時の権力者が多い。秦の始皇帝に、卑弥呼、そしてローマ法王」

「ローマ法王!?」

「言っておくが、アガレスは語彙も豊富だが、嘘が半分くらい占めるから、真に受けていると以下略だぞ」



やばい、ふつうに悪魔だった。



「言葉に長けるって怖いな」

「そうかの。水面下の問答が楽しいと思わんか」

「ねぇ?」


何を同意しているんだ。

そもそも高位魔は、露骨ではない交渉やゲームを好むので、そういう点では忍と気が合うといえないこともないかもしれない。

恐ろしいことに。


「ともかくウァサーゴを助けてくれた礼じゃ。少しばかりの先読みを、お前さんには教えてやろう」

「……見えないんじゃなかったの?」

「わしとアスタロトには見えんが、お前さんはウァサーゴには読まれたのじゃろう?」


そうか、それを聞いていれば知っているのか。

多少なりともオレの過去や未来を。


……というか


「オレのプライバシー!!」


なんとなく顔を覆って泣きたくなる。

やましいことはしてきていないと思うが。


「はは、そんな細かいことまで見ていないよ。昨日のパンツの柄とか」

「やめて! 嘘かホントかわからない……!」

「ダンタリオン、この子面白いねぇ。ボクは気に入ったよ」


まさかの気に入られた。


「じゃあ秋葉は聞きたくないみたいだから、私が代わりに聞いておきます」

「なんでお前が代わりに聞くんだよ」

「だって秋葉、意外と重要ポジションにいるんだもん。重大な事件に関わったりしたら困る」

「……!」


そうか、そういう可能性があったんだった。

わざわざ聞かせるということは、忠告に近いことなのかもしれない。


オレは気を変えた。


「そうかそうか、聞くか。ウァサーゴが垣間見た未来を」


なんとなく満足そうにアガレスは笑みを浮かべると、

ひげが蓄えられているわけでもないあごを撫でた。


「そなたの明日……くもりのちゲリラ豪雨じゃ」

「ちょっと待ってください。それ普通に天気予報ですか、それとも何か意味が?」


ゲリラ豪雨は、けっこう都内では夏場に多い。


「ふむ、ゲリラ豪雨というのはまた新しい言葉じゃのう。心の手帳にメモるのじゃ」


どうしよう、魔界の見た目老獪な公爵が、お茶目なじじいにしか見えなくなってきた。

じじい相手に、追求しづらい。


「まぁまぁ。雨が去れば晴れるだろうし、西日がさせば天使のはしごでも見えるかもしれないよ?」

「……アスタロトさん、すごく詩的な言葉ですけど、とりあえず、あんまり日本でその言葉使うのどうかと」

「……天使のはしごって、何」


言葉が高度すぎて、ついていけない。


「雲間から光が漏れて指す光のこと。天使の降りてきそうな光景だからそう言うんだろうけど……」

「不吉すぎる……!」


他に何か言いようがないかと聞くと、薄明光線だという。

抒情もへったくれもなくなった。


「海外でも天使のはしごだのゴッドレイだの……デビルレイに変えて普及させるか?」

「せめて東洋の神様系で」


さすがに魔界的なダークなイメージが強い。……というか何かの技かよ。

言葉一つでイメージが全く違う者になる不思議。


「いずれにしても、ボクたちは自分の未来を見ることはできない。そして、ボクたちに関わった時点で、その人間の未来も不確定になる。……もとより、未来がどの時点でどれだけ決まるのかなんて、誰にも定義できないんだろうけどね」


哲学的すぎる話題だ。


「とりあえず、明日のゲリラ豪雨に気を付けます」

「ほほっ、素直な人間じゃのう」




かくして。



明日の見えない、予言者のようなアクマ二人と顔見知りになったオレは……






翌日、ゲリラ豪雨に会うことになる。




気を付けるって、言ったのに、傘も持っていなかった。

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