南の自衛隊一日入隊体験(3)ー@別名「刑務所」

「すっごい楽しかった!」

「そうか。俺も元とは言え自分の働いていた場所を見てもらったり、理解してもらえてうれしい限りだ」


いや、最後の移動ですべて吹っ飛びました。なんかいろいろ感心したところがふっとんで、オレの目に焼き付いたのは爆音の中で爆睡していた自衛官の人の姿です。

一木が耳栓をしていたにもかかわらず、気圧でやられたのか吐きそうな顔をしている。

お前、意外と三半規管弱いのな。


「さすがに特殊部隊の人たちはあれくらい平気なんですね」

「輸送ヘリの訓練は自衛隊で体験済だからな」

「そうなんですか!?」

「市街地だから、ヘリ系の乗降はいろいろ想定されていて」

「でもやっぱ、容赦ない離陸っぷりは自衛隊でないと味わえないよな! 市街地でそれやると電線とかひっかかりそうだし」


御岳さん、楽しそうですね。


「市街地だと自力で移動した方が早いこともあるから、ヘリの降下もほとんどしないしな」

「京悟さん、ヘリの降下ってどんな時にするんですか?」

「ん? 輸送してもらって、現場に飛び降りる時とか?」


……。この辺は自衛隊よりすごいことになっている。パラシュートじゃなくて、飛び降りるんだよ、この人たちは。市街地はビルとかいろいろ足場があるからできる芸当なんだろうけど、降下するのはヘリだけで、輸送された部隊員は飛び降りて現場に急行という、それは一番早いといえば早い移動方法でもある。


いらない事実を知った。


「特殊部隊と自衛隊の戦闘面での技術は共通しているところもあるから、そういう意味では俺にとって初期訓練を超える強みでもあったな」


というか、他のゼロ世代が若者ながらに死ぬ気で奮闘した姿は思い浮かぶけど、南さんが食事できなくなったとか卒倒したと思ったら寝てたとか、そういえば全然想像できない。


「南さんは元々こっちで体力とか体術とか身に着けてたからな」

「俺、訓練中に倒れて寝ちゃって南さんによく運んでもらってた」


訓練中に倒れて寝ちゃうとかどんだけスイッチ切れる訓練だったんですか。南さんはひとりだけ年が飛びぬけているけれど、この辺りは慕われるゆえんだろう。


「俺は体力には自信があるからな」

「力もすげーぞ。この間神魔の殴り合いにサシで仲裁入ってた」


……サシで仲裁ってどういうこと。サシって一対一って意味じゃなかったっけ?


ともかく、おおらかに笑いながら案内された宿泊棟……


「ここは教育隊の訓練施設だ。入隊式直後から訓練をするところ」

「そういうところは徹底してるんですね。すごく規律正しいイメージあるし」

「そうだな、本来なら入隊式のための事前訓練もあるんだが、それはやっても楽しくないだろうし省いて……」

「式のための訓練てなんですか。式の後じゃなくて式に至るまでに何かするんですか」


さすが現実から離れた場所だけあって、知らないことが多すぎる。誰かが聞いた。


「とにかく走るのがほとんどか。せっかく合格したのにそこで脱落する人間も毎年ちらほら」

「……」


脱落するほど走るとか。なんかもう、訓練が始まっている感じが半端ない。だらけきった学生生活を送っていた人間にはさぞかしきつい入門の前の庭であろう。


「そういえば特殊部隊も似たようなものだったな。とりあえず全員放り込んでおいて入隊までに最低限を整えるっていうところが」


聞いていたのはそういうことではなく。


「なんか塀に囲まれてて……」

「別名『刑務所』。今回は一泊二日の体験だから、明日一日ここで過ごしてもらって終わりだが、まぁ監禁されたようなものだと思ったら正しいかもしれない」


監禁?

……他意のない南さんの、何でもなさそうな言葉に、オフィスワーカー数名の顔から血の気が引いた。


「で、でも体験だからな!」

「一泊だけだしね~」

「夜は10時に消灯。明日は朝6時にラッパが鳴るから、それが終わるまでに着替えて、ベッドメイク……は、よほど素早くないとできないだろうから、とりあえず指定場所に整列してくれ」


思っていたほど朝は早くない。夜10時消灯は早いが、朝6時に健やかに起きたいならそれくらいがちょうどいいんだろう。


「消灯からは疑似体験に入ってもらうけど、前置きもないし今のうちに好きに食べたり飲んだりしてていいぞ」

「は~やっと休める」

「やっとっていうか、結構普通に楽しんでたはずだけど」

「最後の話がヘビーでそんな感じだよ」


知らない誰かの会話。しかし、完全に同意だ。


「でもけっこう面白かったよな!」


そしてすぐにのど元過ぎれば、で部屋に配されてしばらくするとみんな探検を始めたりする。


「おー、お前ら。今日どうだった?」

「ダンタリオン!?」

「公爵と呼べ、多数の同僚の目線があるぞ」


なぜかめんどくさいのが来た。


「公爵、どうしたんですか?」

「面白いことやってるから眺めがてら差し入れに来たんだ。全員分の酒と食糧。スイーツもあるぞ」

「ダンタリオン様ステキ―!」


このステキ発言は一木なので、気持ち悪いだけだ。が、参加者全員が似たような感じで歓迎ムード。もちろん、女子も例外ではなく、こちらは黄色い声援を上げそうな勢いなので魔界の公爵はご満悦だ。


「閣下も参加しますか」

「面白そうだな。でもオレが参加しても話にならないだろ。身体能力なんて自衛隊超えてるし」

「雰囲気だけでも味わって行っては?」


南さんと、忍の後押しに少しだけ悩んだが、それも面白そうだと参加することになったようだ。


そしてそのまま夜は食堂でどんちゃん騒ぎ。職場の視察では、懇親会という名の飲み会が公然と行われるので、まぁわかる。

騒ぎが好きでない人は、二次会ともいえる時間には部屋に撤収。


司さんもオレも撤収。

消灯時間が近い。


「部屋ごとに班になるんでしたっけ。司さん、メンバーどうですか?」

「特殊部隊はなぜかばらけて配置されているから、知らない奴が多い。たぶん、まとまっていると明日のカリキュラムで格差が激しいことになるからだと思うが」


あー、訓練とか似たようなこと体験済っぽいもんな。身体使うことだともうすることない、みたいになるのは目に見えてるし。


「私大丈夫かなぁ……女子班なんだけど」

「当たり前のことを疑問に思う理由がよくわからない」

「なんか、怖いんだよ。女子っぽい女子がグループになるって」


わかるような、わからないような。

謎の危機感を抱いている様子。


「南さんのとこ行ってこよ」


何を交渉するつもりだ。

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