エピソード2

そこにいる理由(1)

それはまだ。

司さんの妹、森さんに会う前の話。


オレと司さんだけが知る、ある日の話。



忍に言われたことがあった。

なんとなく待ち時間に、今の仕事に放り込まれたころの話をしていた。

昔話というほどではないけれど、感傷に浸るというでもなく。


「司さんはどうして警察に入ったんだろうな」


素朴な疑問は前にも口にした。

他意はない。

だから前も、それぞれ事情があるんだろうくらいで終わっていたが……


「秋葉みたいな人には知らない方がいいこともある。司くんにもね。だから今の話はもう触れないようにした方がいいよ」


この時は、なぜかそう釘をさされた。


いや、釘をさされたというほど強くはなかっただろう。

が、随分含みのある言い方だ。


なんとなくの疑問だから、どういう意味かと聞きかけて。


見ると、忍の方から視線を外した。

そして遠くを見るようにひとつため息をつく。


一体どういう意味だよ。

あのいい方は逆に気になる。


ので、タイミングを見計らってやっぱり聞いた。


「知らない方がいいってどういうことだよ。しかも司さんも?」

「ん~ まぁ、関係ないことはないからね」


ぽつ、とそれだけ口を滑らせた。


が、それ以上何か聞いても、のれんに腕押し状態だった。

こうなると、忍から何か聞きだすのは無理だ。

諦めることにする。


オレと司さんが何なんだ?


しかし、こうなると余計気になるのが人間というものだ。




時間が経てばその疑問は、忘却の彼方へ向かって遠ざかって行っただろう。

けれど、翌日。


その日は、朝から雨が降っていた。


一緒の仕事でもないのに、街角でばったりと司さんに出会って、珍しいと雨宿りがてら喫茶店になど入ったのが、そもそも間違いだったのかもしれない。



忍の言うことが気になっていたが、聞けないオレは割とチキン(自覚)。


しかし、付き合いは長くなってきたけどこうやって、二人でゆっくり話す機会はなかった。

そんな話から、過去の話に転がった。


2年前のオレの顛末から話は入った。


「秋葉の就任エピソードは割と有名だな。実際一緒に仕事をすると、いろいろ分かってくるが」

「脚色されすぎなんですよ。なんですか、初めの接触者って」


これは素直な感想だ。

悪魔と初めて接触し、人間と神魔の意思疎通に一役買ったからといわば祭り上げのようなものだが、事実は祭りなんてものでもない。


あれは一方的にお縄を食らって、仲介役に放り込まれたようなものだった。


「それで? 一人じゃ無理だから忍を巻き込んだと言ってたか」

「そんなに仲が良かったわけでもないんですが、あいつなら全然平気そうな気がして」

「それは、まぁわかる」


まっさきに巻き込んだというのは、自分から司さんに話したことがある気がするので問題ない。

さきほどまで降っていた雨は上がって、窓の外、ビルの上層にはもう陽がさしている。


当人に関しては、巻き込まれたどころかわりと楽しそうだし、あのボーダレスさはオレより適任じゃないかと、時々思う。


そしてオレは本題に入った。


「そういえば、司さんは……自分から希望するタイプじゃないと思うんですけど、やっぱり何かそういう?」


日常会話の延長だ。


「この間、忍と話した時に何か、オレと司さんも関係ありそうなこと言ってたんですごい気になっちゃって」


笑いながら会話にのる。

しかし、これが地雷だった。


「……………」


一瞬沈黙する司さん。


そこでオレは、はっとした。


この時代、プライベートな理由に干渉するのはタブーだ。

2年前、天使の襲来時。あまりにも多くの人が死に過ぎた。

そのせいで、未来が狂った人間が多すぎる。


狂った、というのは平和ありきの考え方だけれども。

今生きている人間の中で、この街で、どれくらい家族や友人が全員無事だった人間がいるのか。


……全員、といえばそんな人間の方が少ないだろう。


今でこそ、笑顔で過ごす人も多いが傷を抱えた人間の方が多いのが現実だ。



「そうだな、俺もどちらかというと『巻き込まれた』部類だ」



あ、そうなんだ。



小さく嘆息して空気を緩めてくれた司さんの様子にほっとする。

しかし。


「そうか、やっぱりそういうことなのか」

「え?」


独りごちた。

もちろんその先ありきの発言ではあった。


「秋葉、忍は、俺と忍ではなく、お前と俺に関係があるということを言ったんだろう?」

「……だと思うんですけど」


司さんは何事か考えていたようだが、少しの間の後、こういった。


「俺が護所局に入った理由、聞くか?」


え。


何、ここはオレが選んでいいところなの?


いいえ。と選択したかったが、司さんがそこにいる、その理由は聞いたことがない。

ということは、それなりに重要な話ではないのだろうか。


引くにひけず、オレは結局、躊躇しつつも「はい」と答えた。

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