高すぎるセンサー(2)
「秋葉も行く?」
「うーん。いじられる予感しかしないから、レポ頼む」
「じゃ、森ちゃん連れて行こう」
司さんと二人きりなんて、普通の女は喜びそうだがあくまで遊び重視なのか三人目の参加者を引き込むようだ。
司さんにも異論はなく、黙った警報の代わりに三人で他愛なく話しながら、再び歩き出す。
「それにしてもお前、司さんに神魔レベルの殺気を放つとか、なくないか?」
そういえば、とばかりの話題だが警戒レベルは相当上だったはずだ。
普段、感情がフラットな忍からは想像もつかない事態だった。
というか、司さんとはそれなりにフラットな関係なので、今回の事態は司さんにとっても異常事態である。
可能性がありつつも認めなかった理由はそのあたりにありそうだ。
だが、忍は軽くこれを否定した。
「司くんは常日頃品行方正だから、あれくらいじゃ殺意をぶつける相手にはならないよ」
え。
「それどういう意味? というか今お前、殺気じゃなくて殺意って言ったよな? 殺気じゃなくて殺意なの? ……殺気より怖い言葉なんですけどーー」
「でも怒りは覚えたので、司くんが持っているであろう装置に向かって、殺意っぽいものをぶつけてみたら、反応してくれた」
どーいう使い方だよ。
「司さん……改修提案してみたほうがいいんじゃないですか」
「そんな使い方をする人間はいるとすれば、まず他に一人しか心当たりがないから問題ないだろう」
小さくため息をつきながら司さん。
どこら辺に問題がないのか。
というか、他に一人の心当たりがある時点でどうかと思うが、見当はつくので深追いしない。
「意図的に誤作動させているわけだしな。……それがそもそも誤作動にあたるか、そう考えると微妙だ」
「使い方の視点を変えただけで、誤作動ではないと思う」
「いいからもうあれはやらないでくれ」
一度、やりきると飽きるタイプなのでまぁやらないだろう。
オレもため息をついた。
「本当に何か来たと思っただろ、他の奴らがいたらシャレにならないし、非・戦闘要員のオレは怖い」
「私も非・戦闘要員だよ。あと、他の人がいたらやらない」
結局、遊びの一環か。
「今、何かあったら司さんが頼りか~そう考えると、怖いよな」
「いつも警護連れで歩いているわけじゃないだろう? 何が違うんだ」
「今、オレは怪談を聞いた後の夜の校舎にいる気分です」
「……そうか」
わかってくれたらしい。
『けひひひっ それはどういう気分かなぁ?』
「出た――――!!!」
通路の先、日差しを取り入れた白く明るいその場所に、影のようにそれはいた。
神でも上級魔でもなさそうだ。
『そうそう俺様は、低級さ。ただ、貴族様にもない力を持っているだけでなぁ』
「しゃべり方がいかにもっぽい」
「というか誰も聞いてないのに何か言ってるぞ」
危うく司さんの後ろに隠れかけたが、忍の言葉を受けてまじまじ見る。
なんというか、見た目は悪魔と日本の妖怪の中間地点にいそうな感じだ。
街中を歩いている神魔と比べると、明らかに格好が貧相だ。
『誰が貧相だ』
ガリガリの腕、閉じた瞼の奥にある眼球は退化していそうだし、背丈も老人のように小さく、どうしてそんな低級魔が入り込んでいるのかわからない。
ただ、話はできるからとりあえず危険か放置かを判断ーー
パァン!
けれど、次の瞬間破裂音がして、音の方を見ると司さんの右手からぱらぱらと何かが落ちていた。
通信機の一部だ。あれは通報系のものだったように見える。
『その通り。俺様は心が読めるのさぁ! 仲間を呼ぼうとしても無駄だよぉ』
「……」
司さんが通信機の代わりに刀の柄に手をかけた。
すぐに臨戦というわけではなさそうだが、いつでも抜けるようにしているといったところだろうか。
「心が読めるって……ダンタリオンみたいなものか?」
「日本の妖にもいるね。『さとり』って呼ばれることが多い。公爵のとは少し違う気がする。さとりの場合は、常に全部聞こえてるっていうか……」
ダンタリオンは人の心が読めるというが、あからさまにすべてを読んでくるわけではない。操ることもできるが、読み切れるものでもないとも聞いた気がする。
ちらと司さんを見る。
知っているのだろうと思ったからだ。
司さんはその悪魔から目を離さずに継いだ。
「あいつは手配中の『さとり』。妖ではないが、西洋の名もない小物だからその名前で呼ばれている。東洋も西洋も読心に関して有名どころは上級クラスだからな。土着の魔物に近いんだろう」
『ふふっ、なんと呼ばれようと構わないよぅ。日本のさとりは力は弱くて臆病、なんだろう? でも人を食うことには変わりないかなぁ』
小物と言われても悪魔になると、殺人レベルなのか……
協定とあらゆる術式で制約を受ける今のこの国で、神魔による殺人は無論御法度であるし、それができない仕組みになっている。
入国管理が厳しいから、低級自体が本来は入ってこないはずだが、小物過ぎてどこからか入ってしまったものはその網にかからないという事例は時々ある。
特殊部隊はそういったものも相手にしているわけで……
「正直、厄介だ。力は弱そうだが、速い」
その視線すら外さない横顔を見て、初めて背筋に緊張が走った。
概ね自分が相手をしている神魔は、紳士淑女が多いからこういう下級にはまず、接触しない。
だが、今この国で一番危険なのはそういったルールの網をかいくぐる低級魔だ。
少なくとも、人間以上の力を持っている上に制約を受けていない。
何の護りも持っていない一般人などたやすく狩れる。
『あんたらはお役人だろぉ? そんなに簡単には狩れないよなぁ』
読まれた。
ぞっとしない話だ。
くっくっと楽しそうに笑っている「さとり」。
ただ速いだけなら、あるいは心を読めるだけなら司さんでも余裕で仕留められるだろうが両方を持たれていたら、普通に手詰まりだ。
「でもだったら、知ってるよね。過剰な読心、及び護衛官については強力な霊的干渉の遮断装置もあるって」
シンがあまり変わらない口調で会話をしている。
こういう時、冷静な人間が一緒だと救いだ。
少なくともパニックに巻き込まれなくて済む。
『知ってるさぁ。さっきから発動のタイミングを伺っているようだが、無駄だよぅ。その前にパァン、だ』
「いや、もう今しておけばいいじゃない。後にする意味あるの?」
「ちょっと待て」
忍の本音駄々洩れの指摘。
頭がいいってホントよくわからないな!
なるほど、とさとりに言われて司さんが止めている。忍の方を。
パァン。
……司さんの読心を遮断する術式の要石が壊れた。
「お前……な」
「ごめん。さっきのおごりの話、帳消しでいいから」
悪意は全くなかったらしい。いつものことであるが。
『いいこと教えてくれた礼に、すこーし時間をやるよ。どうせここの道はしばらくだぁれも通らない』
「!」
会話をする必要はなかった。
前をふさいでいるということは、そちら側には誰もいなかったか、殺されたか。
それとも入れないように何かをしたか。
この通路は官僚用のもので、キーコードが必要だから絶対的に人間が来る可能性は低いだろう。
それ以前に、誰かが来たところで犠牲者が増えるだけかもしれない。
それくらいのことならオレにもわかる。
「じゃあ聞くけど。どうしてわざわざこの街に来て人間を狩るの? ってか司くん、その辺は知ってる?」
「入国された経緯は調査済み。接触したと思しき民間人は死亡。一般の武装部隊は重症者ありだ」
「武装警察で重症って……やばくないですか」
「だから」
『一番やばいの、真ん中のあんただけだなぁ』
くっと柄を握る手に力が込められたのを見た。
次の瞬間、ひゅっと音がして、司さんはさとりの眼前に刀を振るったが、空を切っただけだった。
一振りで、着地をするとすぐに後ろに跳んで、隣に戻ってきた。
『頭もいいなぁ、こっちで俺様探してたらそっちの二人が壊れてたかもしれないもんなぁ』
「さとり」は瞬間移動をしたようにしか見えない。本当に速いようだ。
『そんなあんたを喰ったら、俺様どれくらい強くなるかな?』
あ、こいつ、食ったやつの力取り入れるタイプだ。
終わった。
「……その姿のまま強くなられても微妙だけど、とりあえず取り込んだら司くんの姿になるってこと? それとも何かどこかのラスボスっぽくムキムキになっていくのかな」
「やめろ」
時間をくれた低級は、けたけたとおかしそうに笑った。
そもそも、どうしてそんな能力があるならここにたどり着くまでに強くならなかったのか。
『それは人間なんていくら食っても、力にならないからだよぅ。あんたは戦力外。食料だな』
「秋葉、終わったとか思ったでしょ」
「なんでわかるんだ」
「諦めの速さは人類一じゃないか」
「嫌な言い方するなよ。その人類一の速さで今のこの国の平和があるんだろ!?」
反論のつもりが、自虐になってしまった。
非・戦闘員は忍も同じだけど、オレだけ戦力外通告をされたせいでわかったらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます