2.高すぎるセンサー(1)
今日の災難は人的だった。
「……」
オレと司さん、忍の三人は街からセントラルセンターへ続く通路を歩いている。
セントラルセンターには、神魔がこの国へ出入りをするためのゲートがある。
同時に、神魔に関わる護所局に勤務する多くの者が働く場所だ。
しばし、無言だった。
「司さん……謝ったほうがいいんじゃ」
オレは前を向いたまま、隣を歩く司さんに声をかける。呟くように。
忍は少し遅れて後ろから着いてきている。
司さんはその言葉には答えず、だが、少しばつの悪そうな顔をしていた。
事の発端は、つい今しがた行ってきた某大使館で起こった。
詳細は省く。
が、そこにいたのが結構強力な神魔で、交渉の際に無理難題をふっかけてきた。
その難題を収めるために、司さんは、ついうっかり忍をダシに使った発言をしてしまったのだ。
……といっても司さんのことなので、無体なことは言っていない。
ただ、「そういう扱い」をされるのが嫌いな忍にとって「通常、そういうことをしない」司さんからそうされたことに相当、ご立腹のようだ。
ただ、黙ってついてくるだけで見た目、わからないところがまた、妙な圧迫感を覚える。
「普通の女ならともかく、あいつを女としてダシに浸かった時点でけっこうまずいですよ」
「わかっている。急を要するとはいえ、選択ミスだった」
いや、交渉的には丸く収まったので、正解なわけだがその結果、今、目の前(というか後ろ)に、ささやかもしくは大きな危機が……
ピピ―ピピピピ
その時、小さなビープ音が鳴った。
ばっ、と司さんが警戒態勢に入る。というか、柄に手がかかっているので臨戦態勢だ。
緊張が走る。
そのビープ音は特殊開発された警戒装置の発するもので、殺意など高い攻撃性に対して反応する。
特に危険な警護や外交の任につく者が持たされていることが多い。
神魔が本気で人を殺そうとすれば、一瞬だ。
もしもの事態に後れを取らないための備えである。
ピピピピピ
音は大きくないが、止まらなかった。
特に何らかの気配はない。
構えを解いて、ポケットから装置を取り出す司さん。
手のひらに握れる程度の、小型の装置だ。
「……誤作動か?」
先ほど悪魔系の厄介な存在のところへ行ったので、予め警戒レベルを上げておいたという。
他にひと気のない通路は、ふつうに静まり返っている。
一度電源をオフにすると、警戒レベルを下げる。
こんなところはアナログなダイヤル式だ。
デジタルは数値を上下させるにせよ、入力にせよ時間や手間がかかる。
ダイヤルの方が直感的に素早く操作することが可能という、時代の最先端にしては一見矛盾しているようで、利便性を追求した作りでもある。
再びオン。
……ピッ……ピ…ピピピ
「?」
二人して疑問符を浮かべたが、違和感に気づいてしまった。
「司さん……」
「……いや、誤作動だろ」
「なんで一回止まってたのが鳴り出すんですか? 明らかに一度止まったのがまた反応はじめたって感じですよ。ていうか、この方位……」
優れモノなので、発生方向はデジタルで円状に描かれた全方位の中に明示されていた。
「……後ろ、見たほうがいいんじゃないですか?」
「……」
なんとなく、二人でそっと振り返る。
足を止めた自分たちに倣って足を止めている忍。
表情は無に近く、うかがい知れないものがある。
「早く謝ってください! 絶対あいつです! 大変なことになりますよ!」
「いや、いくら何でもそれはないだろ。……対人用にしたが重犯罪レベルだぞ」
「じゃあなんでこんな謎現象に見に来ないんですか!? いつもなら気になって真っ先に来てる状況ですよ!?」
「!!」
ピーーーーーーーー
自分たちの反応に感応するように音量が一段階上がった。
オレの指摘に、誤作動の可能性を多く考えていたらしい司さんもそっちの可能性にまさかという顔をしつつも顔を上げた。
蚊帳の外から渦中の人となった忍を見て、悟ったのはどちらが先だっただろう。
「謝ってください……」
叫びたい気分だったが、殺気を増長するだけな気がしたので努めて静かに促した。
促されなくてもそうしただろう。
単に謝るタイミングを逃していた司さんは居たたまれない心地な様子で口を開いた。
「すまない、さっきのはつい。装置が鳴りやまないから許してくれ」
いや、素直に謝りすぎです。
それ、逆効果。
案の定、忍の怒りゲージを示す指標となったビープ音は警戒音を上げた。
「装置が鳴りやまないから、許すの?」
久々に声を聞いたように思う。
静かに言った顔は、少し笑っていた。
「違う! そういう意味じゃなく……ダシに使ったのは謝る。そういうことをされて嫌なのも知っている。だから……すまない」
ピ……
音が止んだ。
「……続きをどうぞ」
うわぁ。試されてる。
どれだけ冷静なんだお前は!
ドキドキしてきたが、ここで口をはさんではいけない。元来、司さんはフォロー上手な人だ。
オレがフォローを入れなくても自分で自分にフォローを入れるはず。
おそらく、きっと、絶対、できる。
故にオレは黙した。
「……お前が、外食に興味がないのは知っているが……詫びに食事でもおごるから」
ピ、ピピピピ
お前、遠隔操作でもできんの?
司さんは何も見ていないかのように装置の電源を切った。
「興味ないのを知っているのに、食事に誘うとはどういう了見ですか」
代わりに敬語モードがオンになってしまった。
「だから! 高級レストランなんて逆に気を使うだろう? ファミレス程度の方が気分的に楽なのは知ってる。……この場合、ファミレスでいいかと言ったらそれはそれで安上がりすぎるだろう?」
……司さんはお気遣いの紳士である。
つまるところ、忍が怒りを提示しているのもそこなのだ。
謝罪しろ、おごれ。ではなく、もっとメンタル的な部分の理解を求めている。
まぁ、この辺りは司さんはオレよりよほど心得ているから収束は近いだろう。
素直に論議的な発言をするのも、忍の方が理性的な部分で対応しているのを見越しているからだ。
オレには「こんなことで感情的に殴ってきたりしないよねー」くらいにしかわからんけど。
「この間、神魔から面白い店があると勧められた場所がある。そこに連れて行くからそれで収めてくれないか」
「面白い店?」
ぴく、と反応する。
表情が素に変わった。
とっ、と軽い足取りで合流する。
「それってどういう?」
「さぁ……俺もそちらはあまり興味がないから……ただ、勧めてきたのは『魔』側の高級官僚だし仕掛けとか仕様とかそういうことじゃないか?」
遊び心的な何か。
この辺りは、神様の方がお堅い性格も多いので、感覚的にはそっちの方が「面白い」の価値観が似ている。
位が高い魔界の者ほどゲームが好き、という性格上、悪い場所ではないだろう。
忍の興味を引くには十分だった。
「……じゃ、それでいいよ」
理解の欠如には理解で埋める。
随分、遠回りだが、誤作動でない装置を司さんは再びオンにした。
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